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調査員のおすすめの逸品 №275 上田上牧遺跡出土の鉄製包丁
今回は、大津市上田上牧遺跡(写真1)の発掘調査で出土した、鉄製包丁を紹介します。平成8年度の圃場整備(ほじょう:田んぼの耕地・区画・用排水の整備)に伴う発掘調査では、大戸川の度重なる洪水の被害を避けるために山手に移転した18世紀後半頃(江戸時代中期)の村跡がみつかっています。
この村跡からは、礎石建物が3棟検出されましたが、鉄製包丁(写真2)は、そのうちの一番東側の大戸川沿いの建物に伴って造られた石組み井戸の中から出土しました。底に近い部分から、草刈り鎌の刃の部分と一緒に見つかりましたが、より上層の井戸の上面に近い部分からは、22枚の土製円盤が出土しています。土製円盤は、日常に使用していた陶器の壺・甕・擂鉢などを直径3㎝の円形になるように割って作られたものでした。これらの状況を、出土状態や民俗例から考えると、井戸を埋める時に底に近い部分に魔を払う目的で刃物を置き、埋め戻しを完了する際の上層の部分に奉斎(つつしみ清めて祀ること)的な
役割をもつ土製円盤を散布した様子が推定できます。
鉄製包丁は、刃の部分が欠損していて本来の長さが不明ですが、刃の部分の残存長10㎝・幅4.5㎝、刃の厚さは6㎜を測ります。刃の形が大振りで四角いことから、菜切包丁(写真3)と判断できます。昔は調理をするさい、包丁を用途に応じて使い分けていました。背が厚く先の尖った出刃包丁(写真4)は肉や魚を調理する時に使い、薄刃の幅の広い菜切包丁は野菜を切る時に使っていました。しかし、戦後の一般家庭では、野菜・肉・魚などどんな食材でも切れる三徳包丁が普及し、包丁を使い分けている家庭は少なくなってきました。
長崎にあった私の実家では、
漁師をしていた父が出刃包丁・刺身包丁・菜切包丁を使い分けて調理をしていたので、菜切包丁を使っていました。白菜などの葉物野菜を大量に切る時には、この菜切り包丁で切ったほうが楽に早く切れました。核家族化が進んだ最近の家庭では、材料を大量に切る必要がなくなったため、野菜を切るためのみに特化した包丁は使われなくなったのかも知れません。しかし、菜切包丁は、私にとっては若いころの実家を思いださせる懐かしい調理具となっています。 (田中咲子)
【参考文献】
・『ほ場整備関係遺跡発掘調査報告書27-7 上田上牧遺跡』滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会(2000年)
・『食生活と民具―日本民具学会論集7』日本民具学会(1993年)