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調査員のおすすめの逸品 №310 毛髪式温湿度計―博物館の保存環境管理の道具―
博物館では、文化財の保存環境について、温湿度、虫菌類、室内汚染物質、光などの定期的な測定や調査を行っています。
なかでも温度や湿度は、急激な変化が文化財の構成材料の伸縮の原因になり損傷につながるだけでなく、高温度は材質の化学反応を早く進行させること、相対湿度60%以上の高湿度はカビの生育条件の一つであることなど、他の問題とも関わりをもっています。文化財の様々な保存環境の問題を予防し、異変があった場合には早期発見できるように、特に温湿度については日常的な管理を行っています。
展示室や収蔵庫の温湿度は、空調機のセンサーで制御をしていますが、それとは別に室内やケース内の各所に温湿度計を設置しています。それらは定期的に確認し、記録データを職員で供覧するなど、必ず人の目で見るようにしています。現在、多くの博物館で使用されているのが、「温湿度データロガー」と呼ばれる電気的な性質を利用した小型の温湿度計です。温湿度を一定間隔で自動測定記録するので、パソコンを接続し、記録を読み取ります。当館では用途に合わせて数種類の温湿度計を使い分けています。当館で、このデータロガーと併用しているのが、今回私がおすすめする「毛髪式温湿度計」です。データロガーのように精度が高く、ケース内で目立たない温湿度計があれば、毛髪式温湿度計は不要のようにも思いますが、重宝して使い続けているのには理由があります。
ひとつは構造が簡単である点です。毛髪式温湿度計の温度センサーには熱膨張率が異なる2枚の金属板を貼り合わせたバイメタルを使用しています。また毛髪式という名の通り、湿度センサーには毛髪を使用しています。毛髪が吸湿によって伸び、脱湿によって縮むという特徴を利用しています。毛髪は埃等の汚れや風、高温や低湿環境で伸縮性に狂いを生じやすく、シンプルな構造故に、校正を頻繁に行う必要もあります。それでも、万が一機器が故障しても、周囲の環境に大きな影響を与える危険性が低いという長所があります。
ふたつめは、一目で温湿度の「変化」が分かる点です。これが、データロガーと併用する理由です。毛髪式温湿度計は、設置した用紙に1週間ごとや1か月ごとの記録を連続して自記記録します。急激な変化に対しての反応速度はやや遅いですが、デジタル表示の温湿度計では、その時点の数値しか知ることができません。温湿度が短時間で急激に上下し、設定範囲内に戻っていた場合、気付くのが遅れてしまいます。一方で、連続記録として温湿度を表す温湿度計であれば、少し前からの記録をその場で確認することができます。
日本では季節によって外気温湿度の差が大きく、また、文化財の構成材料は、紙、木、金属、漆、石など様々です。そして、文化財には経年により脆弱な状態となっているもの、長く特殊な環境に置かれていたものもあります。そのため、空調機や気密性の高いケースを使って、ある一定の温湿度に設定さえすれば、どんな文化財の保存環境としても安心というわけにはいきません。そこで、その博物館の環境特性やそれぞれの文化財の特徴、来歴をよく理解している人の目で保存環境を管理する作業が必要になってきます。新たな技術と便利な機器を使って管理する部分と、人の感覚や理解をもって管理する部分との両方を大切にし、今後もより理想的な保存環境の維持管理に努めたいと思います。
(岩﨑里水)
【参考文献】
・東京文化財研究所編、『文化財の保存環境』、中央公論美術出版(2013)
・JISC日本産業標準調査会、JISC日本産業標準調査会「JIS日本産業規格Z8066湿度-測定方法、Z8707 充満式温度計およびバイメタル式温度計による温度測定方法」、〈https://www.jisc.go.jp/〉(参照日:2021年6月30日)
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