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調査員のおすすめの逸品 №349ー「展示室の隅っこで見たことある?―博物館の保存環境管理の道具―」

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博物館で小学生の団体を案内していると、子ども達から「落とし物見つけました!」と声をかけられることがあります。渡されたものを見てみると、写真1のような小さな箱であることが時々あります。しかし、これは落とし物ではありません。

写真1 設置しているトラップ
写真1 設置しているトラップ

製品によって、形状・材質などに違いはありますが、この小さな箱の正体は、虫用の粘着トラップです。床面に設置されているため、目線が低い子ども達の目にとまりやすいようです。普段は博物館の片隅にひっそりと置かれていますが、実は文化財を保存する上で重要な役割を果たしている道具です。
当館で使用しているものは、設置期間が1ヶ月と長いため、プラスチック製のものを使用しています。紙製のものを使う博物館もあります。博物館で使うトラップの大きな特徴のひとつは、虫をおびき寄せる仕掛けがない(非誘因性)という点です。なぜなら、設置の目的は虫の捕獲ではなく、その場所にどんな虫がどれぐらいいるかを調査することだからです。
文化財の構成材料には、紙・木・糊・布など、虫の餌となるものが多くあります。こうした文化財の構成材料を食べたり、糞や泥で汚したりする虫を「文化財害虫」と呼んでいます。多くは家庭でも見かけるような虫です。本棚にいるシミ類やチャタテムシ類、衣類につくカツオブシムシ類、台所などにいるゴキブリ類などが分かりやすいものとして挙げられます。これらの虫の食害により、元に戻すことができない深刻な損傷を受けてしまう場合もあります。(写真2)そのため、このような虫から文化財を守る必要があります。手取り早い方法としては、文化財を展示・保管している部屋を定期的にまるごと殺虫処理することですが、現在はそうした手法は行われません。

写真2 虫食い穴(本などは、頁を閉じた状態で食害にあうと、広げると左右対称な穴になる。)
写真2 虫食い穴(本などは、頁を閉じた状態で食害にあうと、広げると左右対称な穴になる。)

なぜなら、1997年「オゾン層を破壊する物質に関する第9回モントリオール議定書締約国会議」において2004年末での日本における臭化メチル全廃が決定し、それまで博物館の部屋をまるごと殺虫菌処理するために使用していたガス燻蒸剤が使用できなくなったからです。これにより、有毒ガスでいぶして殺虫・殺菌することを主としていた博物館の生物被害対策は大きな転換期を迎えました。(当館でも先輩学芸員によって試行錯誤が行われました。詳細は安土城考古博物館『紀要』第12号を参照してください。)そして、それまでの手法に代わる、菌類も含めた文化財の生物被害対策として「IPM(総合的有害生物管理)」という考え方が取り入れられるようになりました。日頃から予防的に対策を行い、環境の把握に努め、問題が確認された場合に、それに合わせた対処をするという考え方です。
現在、当館では100箇所以上にトラップを設置し、1ヶ月に1回調査を行っています。各所の虫の存在を把握し、文化財害虫が文化財のある場所に侵入していないか、他の月に比べて異変がないかなどをチェックするため、各トラップの存在ひとつひとつが大切です。IPMの考え方を取り入れた防虫対策では、このような環境調査や、文化財を定期的に目通しして点検することに加え、飲食エリアや土足エリアの使い分けをきちんとする、虫のすみかや餌になりやすいものを放置しないなど、日々の心掛けも必要です。こうした対策を継続していくには、地道な調査や分析を重ねていくことが大切ですが、学芸員以外の博物館職員や来館者を含めた周囲の人達の協力が不可欠です。
粘着トラップを「落とし物」と気にしてくれた子ども達には、何のための道具かを説明し、設置の理由を伝えるようにしています。その子ども達が、今度は周囲のだれかに文化財の保存のための道具であると話してくれるよう、文化財自体の価値とともに文化財を保存することへの関心や理解も広めていきたいと思います。

(岩﨑 里水)

≪参考文献≫
・独立法人文化財研究所東京文化財研究所編『文化財害虫辞典』(株式会社クバプロ 2001年)
・髙木叙子「安土城考古博物館におけるIPM-自館診断の5ケ年」『紀要』第12号(滋賀県立安土城考古博物館 2004年)

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