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調査員のおすすめの逸品 №320 裕福な暮らしのステータスシンボル―近江箪笥―

その他
写真1 近江箪笥の一例
写真1 近江箪笥の一例

 「近江箪笥・近江水屋箪笥」と呼ばれる独特なデザインの箪笥があります。江戸時代から昭和にかけて近江でさかんに作られました。
 太いフレームで組まれているのが特徴で、金具での補強や装飾はありません。断面が長方形(9×3㎝程度)の太めの材を使ったフレーム構造の箪笥で、フレームの幅の広い面を前面に出し、太さを強調した骨太なデザインは趣が深く、古民具として今も高い人気を誇っています。横材が左右に飛び出ているのは角がホゾ組であるため、強度の関係から余材部分が必要だからです。この工作が近江箪笥の独特の形を作り出しています。(写真1)
 

写真2 修理中の近江箪笥(下段部分)
写真2 修理中の近江箪笥(下段部分)

 台所に置かれ、食器や食料品を入れる水屋として使われました。幅1間を超えるような大型のものもあります。重厚感があり落ち着いたデザインは人気があり、蕎麦屋さんなどでインテリアに使われているのを見かけます。ガラスや網など比較的新しい素材が使われているものはほとんど無く、江戸時代から明治・大正時代にかけて作られたものであることを窺わせます。

 その近江箪笥が知人の蔵に眠っていましたので手に入れて修理しました。修理でその実態と歩んできた歴史が垣間見えましたので報告します。(写真2)

写真3 修理中の近江箪笥(内部)
写真3 修理中の近江箪笥(内部)

 土間に置かれていたこともあり、虫食い・腐れ、ついでにネズミの穴と巣まであり劣悪な状態でした。それでも「近江箪笥」でしたので引き取ってきました。かなり古そうです。使いこまれていて、引き戸のレールは段差が無くなるまで擦り減り、扉は脱落していました。しかし、そこからは長く愛用され数十年を超える年月で使われていた様子が窺えます。
 ざっと見たところフレームは無節(むぶし:節が材の表面に現れていない)のヒノキ、引き出しの前板は木目の美しいケヤキ、側板や裏板、棚板、そして引き出しはスギが使われ、取っ手の金具には手の込んだ装飾もされ見た目はそこそこです。しかし、傷んだ部分は交換が必要で、分解修理が不可避の状態です。


 そこで、分解してみたのですが、外観とは違い違和感がたっぷりです。写真3は箪笥内部の様子です。なぜか断面が三角形や寸足らずの材が桟(さん)や受けとして使われ、釘で打ち付けられています。製材所の裏で拾ってきたような材も使われています。中の見えないところは、ほとんどがこの始末です。ホゾ組で組むために穴まで開けて用意しているのに、組むことなく釘一発で終わっている所もあります。戸受けのレールは木幅が足らず、別材を打ち足しています。表材で使う予定でレールを刻んだ材が寸法違いだったのか、裏側に廻してそのまま使われています。それらが釘で適当に打ち付けられたりしていて・・。引き出しの前板も大きさがまちまちで、直そうと計測してみると矩(かね;直角)が出ていない。低レベルの工作は上げたらきりがありません。ほとんど中学生の夏休みの工作状態です。

写真4引き戸のレールを新しく入れ替えた状態
写真4 引き戸のレールを新しく入れ替えた状態


 それでもフレームの組み立てはホゾ組で、締めのクサビも入れられています。部分によって工作技術に大きな格差が見られます。
 背面や棚に使われている板は厚さ1㎝ほどのスギ板です。この板、表面は丁寧に鉋がけされツルツルに仕上げられていますが、裏面は製材したノコギリの跡がそのまま残っている状態で、ザラザラのまま使われています。ノコギリの跡をよく見ると弧を描いて湾曲しています。(写真5) 今は帯鋸(おびのこ:ベルト状のノコギリ)を縦に走らせて製材しますのでこのような湾曲した跡は付きません。これは大きな円盤型のノコギリを回転させて製材していた古い時代の板だったのです。

写真5 背板に残る鋸の跡
写真5 背板に残る鋸の跡

 今はこのような恐ろしい製材機(回転盤の後ろに材が引っかかったりすると高速で前に飛んでくる。)は使いませんので、この箪笥、昭和をさかのぼって大正や明治時代のものの可能性もでてきました。動力は水力だった可能性もあります。製材された板や棒材は高価で端材となっても捨てることはできず、使えるところに使っていた時代です。中学生の工作なんて言ってすみませんでした。ものを大切に使ってきた時代の現われだったのです。背板にはネズミの開けた大穴が開いていましたが、せっかくですので、取り換えずにそのままにしておきました。

写真6 修理で取り換えた古い材
写真6 修理で取り換えた古い材


 この時代の箪笥は簡易な作りでスギの薄板を釘で組み立てたものが多く見受けられます。竿を差し込んで担いで運ぶための金具が左右に付いているものも多く、持ち運ぶことが前提となっています。そのため軽いものが多いのですが、近江箪笥はフレーム構造のためそこそこの重量があり、持ち運びの金具は付いていません。
 

 フレーム構造は金具などの補強を必要としない強度を生み出しています。しかしその分、引き出しなどの容積は減ります。箪笥の中にデッドスペースがいっぱいあるのです。このデッドスペースをうまく使うことで、端材を使った簡易な工作でも引き出しや扉が成立しています。フレームを作る職人、背板などを張る職人、引き出しなどを作る職人がそれぞれ分業で作っていたことが考えられます。

写真7 修理を終えた近江箪笥
写真7 修理を終えた近江箪笥

 いかに早く、安く、見た目はそこそこに作ることに重点が置かれた様子が見られるのですが、箪笥を持つこと自体、多くの着物や食器を持つことであり、そのことが裕福な生活のステータスでもあった時代だったのです。(横田洋三)

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