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調査員のおすすめの逸品 No.20 縄文時代の出産を表す逸品-赤野井浜遺跡出土土偶-

守山市

ある雨の日、出土した土器を洗っていた調査補助員が「土偶が出てきました。」と上半身が欠損した土偶をもってきました。これは琵琶湖にほど近い守山市赤野井町・杉江町に所在する赤野井浜遺跡のプレハブでのことです。
今回紹介する土偶は、日本最古級の準構造船、木偶、土偶形容器(どぐうがたようき)や黥面土偶(げいめんどぐう)などの影に隠れてあまり注目を浴びなかった特別な逸品です。赤野井浜遺跡では、この土偶の他、土偶1点と土偶形容器1点が出土しています。この3点はいずれも掘削中には確認できず、洗浄中に見つかりました。これまで、3遺跡8点の土偶を発掘している私にとっても、現場の掘削中に土偶と認識して発掘したのは、8点中1点です。土偶は完形で出土することは稀で、壊れた多くの土器と一緒に出土することが多く、発掘中に土偶とわからず取り上げることが多いのです。

屈折像土偶 (赤野井浜遺跡出土)
屈折像土偶 (赤野井浜遺跡出土)

写真にある土偶は屈折像土偶(くっせつぞうどぐう)と呼ばれ、膝を曲げたポーズを取っています。屈折像土偶は東北地方の縄文時代後期後半から晩期前半にかけて出土し、青森県風張遺跡から出土した国宝の合掌する土偶は屈折像土偶の代表であるといえます。こうした屈折像土偶が西日本から発掘調査で出土するのは珍しく、縄文時代後期後半の土偶が出土した島根県下山遺跡と縄文時代晩期前半の赤野井浜遺跡出土の2例のみです。赤野井浜遺跡から屈折像土偶が出土したことは、こうした東北地方を中心とした東日本地域との交流を示す重要な遺物で、その背景にはこれらの地域の人がこの地に来た可能性を示唆しています。
もう一つ重要な点は、屈折像土偶が縄文時代の人の姿勢や出産を表している点にあります。現在、家庭ではイスや洋式トイレの使用など、生活習慣の欧米化が進んでいますが、以前は胡坐(あぐら)を掻いたり、しゃがんだり、和式トイレでは膝を曲げる蹲踞(そんきょ)姿勢をとる場面が日常生活では多くありました。こうした姿勢が縄文時代に遡ることは、縄文人骨に残された蹲踞面と呼ばれる骨の特徴や膝を曲げて、腰を落としている屈折像土偶の姿からも明らかです。今回出土の屈折像土偶の両膝に当たる部分には、粘土の剥落が認められ、東日本の屈折像土偶の類例から、両膝に両手を当てていたものが、手の部分が取れてしまたものと考えられます。土偶の中央下付近の窪んだ中にある棒状の表現が子供を表していると考えられることに加え、この両手を膝に当てて踏ん張る姿は、まさにお母さんが子供を産む瞬間を表しています。このように赤野井浜遺跡から出土した屈折像土偶は縄文時代の出産の様子を表すと同時に、縄文人の出産方法が座産であったことを私たちに教えてくれます。

(中村健二)

参考文献
『赤野井浜遺跡』、滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会2009年

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