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調査員のおすすめの逸品 No.32 曲がり肥後

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曲がり肥後?はて?何のことでしょう?

曲がり肥後
曲がり肥後

肥後守(ひごのかみ)という和製ナイフをご存じでしょうか?筆者と同年代(東京オリンピックにリアルタイムでときめいた世代)の男子諸君が、 少年の頃、きっとお世話になっただろう折りたたみ式のナイフです。鞘の外に出ているレバーを押し下げると刃が出てきますが、ストッ パーがついていないので、使うときには常にレバーを押し続けていなければならないという弱点はあるものの、研げば切れ味がよみがえ る、なかなかの優れものです。
そして、これを改良して発掘調査で使うのが通称「曲がり肥後」。すなわち、肥後守の刃の部分を力業で曲げた道具です。
どのようなシーンに登場するのでしょうか?それは、整理調査における遺物復元作業に登場します。発掘調査で出土する土器や瓦は、 ほとんどの場合割れた状態で出土します。これらは所謂セラミックスですから物質的には非常に安定しており、自然状態で消滅すること はまずありません。ですから、どんなに細かく割れていても理屈上は必ずどこかに破片があり、根気よく接合すれば、必ず元の形に復元 できるはずです。しかし、そのようなことは、なかなかありません。我々に根気がないから?いやいや、そんなことはありません(笑)。 発掘調査をおこなった限られた面積に中にすべての破片が埋まっているわけでもありません。したがって、土器をつなげていくと、あち こちに隙間があり、場合によっては自立できない状態までにしか復元できない場合もあります。このような遺物を自立させ、展示や写真 撮影がおこなえる状態にするために必要なのが石膏です。破片の隙間に石膏を充填して、元の形に近づけるのです。
ところが、石膏は水に溶かした半液体状態で用いますので、どうしても一発で理想の形に充填することはできません。ですから、かな り余裕を持って多目に石膏を入れ、後は石膏が乾き、安定した頃を見計らって、これをひたすら削る作業をおこないます。

曲がり肥後の使用例
曲がり肥後の使用例

この時に活躍するのが「曲がり肥後」です。復元の対象となる土器や瓦は曲面で構成されていますから、真っ直ぐな刃物ではどうしてもう まく削り出すことができません。特に、土器の内面を削るときには、真っ直ぐな刃物では役に立たないのです。そこで、削りやすく、ア ールを付けた刃物が必要になります。最近は陶芸用のアール付きのナイフがありますが、最もお手軽なのが「肥後守」を力業で曲げた 「曲がり肥後」です。緩いアール、きついアール、左利き用のアール、自在に曲げて造ることができます。カッターナイフにはできない技 です。なぜ肥後の守は曲げることができるのでしょうか?質の悪い鉄を造っているから?そんなことはありません。
肥後守は切れ味の鋭い硬い鋼を両側から柔らかな鉄で挟み込んで造る「本割り込み」という、日本刀と同じ製法で造られています。 硬い鋼だけの刃物は、切れ味はいいのですが、粘りがなく簡単に折れてしまいます。ところが「本割り込み」により、切れ味を持続させ、 さらに折れにくくするという、相反する機能を一本のナイフに組み込ませたのです。従って、じわ~っと力を込めてゆくと、刃は折れる ことなく、求める形まで曲げることができ、さらに鋼の特性も保持できるのです。切れ味が落ちたら砥石で研げばまた復活します。
今日も、カーリカリカリ、キュキュキューという、曲がり肥後で石膏を削る音が、整理室に響きます。

(大沼芳幸)

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