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調査員のおすすめの逸品 №314 実りの秋を彩る逸品―「どんぐり」―

大津市

“どんぐりコロコロ どんぶりこ…♪”。

写真1 イチイガシ果実
写真1 イチイガシ果実


 広く知られた童謡で、秋を象徴する「どんぐり」が登場します。近年では「どんぐり」といえば“トトロ”でしょうか。幼い頃に童謡を口ずさみ、野山や公園で実を拾った方も多いと思います。しかしながら、「どんぐり」は人によって思い浮かべる姿は様々なことが多いのです。皆さんの「どんぐり」は丸いですか?細長いですか?また「どんぐり」を包む帽子にはクリのイガのように突出部がありますか?ありませんか?
 「どんぐり」という名称は、堅い殻で覆われたブナ科の木の実の俗称で、詳しくみると、イチイガシ、アカガシ、シラカシ、アラカシなどのアカガシ亜属、コナラ、ミズナラ、クヌギ、アベマキ、ナラガシワなどのコナラ亜属、スダジイ、ツブラジイなどのシイ属といった複数の種類があります。(写真1)(写真2) これらは果実の形や頂部の様子、殻斗(かくと)と呼ばれる実を包む帽子の形状や表面がそれぞれ異なっています。(写真3) さらに、常緑樹であるのか落葉樹であるのか、生育地が温暖であるのか冷涼であるのかなど、種類によって相違点があります。そのため、その人の住む場所によって身近にある種類が異なり、思い浮かべる「どんぐり」が異なるのです。

写真2 イチイガシ果実頂部
写真2 イチイガシ果実頂部


 琵琶湖の南端部に位置する粟津(あわづ)湖底遺跡(大津市)からはたくさんの食糧残滓(ざんし:食べられる部分をとった残りかす)が見つかっています(調査員のおすすめの逸品№288参照)。「どんぐり」に注目すると、出土部位や炭化状況などから自然堆積ではなく、人為的な食糧残滓の投棄と推定されました。縄文時代早期のクリ塚からはナラガシワ、コナラ、カシワといったコナラ亜属、同中期の貝塚からは大量のイチイガシを中心とするアカガシ亜属やツブラジイといったシイ属などが確認されています。縄文時代には温暖化による植生の変化が知られていて、利用種の変化もこうした周辺植生の変化に伴うものと考えられています。同じ場所でも時期によって「どんぐり」が違うことがわかります。同じように、同時期でも場所によって気候が異なれば同じ「どんぐり」とは限らないのです。

写真3 ナラガシワ殻斗
写真3 ナラガシワ殻斗


 「どんぐり」は、粟津湖底遺跡の食糧残滓が物語るように、縄文時代には重要な食糧資源のひとつでした。また弥生時代の前半にかけて、少しずつ稲作農耕が根付いていったと考えられていますが、常に安定的に米が収穫でき、皆が存分に食していたわけではありません。稲作がはじまってからも雑穀や木の実はそれを補う重要な役割を果たしていました。「どんぐり」もそのひとつです。
 時代や場所によって異なる「どんぐり」ですが、我々の祖先の食糧を支え、また食物連鎖によって人間を含む動物の生命を育んでくれた象徴のひとつとして、秋を彩る “逸品”といえるのではないでしょうか。
(中川治美)

《参考文献》

写真4 カシワ殻斗
写真4 カシワ殻斗


滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会1997『粟津湖底遺跡 第3貝塚』
滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会2000『粟津湖底遺跡 自然流路』

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