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調査員のおすすめの逸品 №315 これが天然色―カラー写真の色基準「カラーセパレーションガイド」―

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写真1 カラーセパレーションガイド
写真1 カラーセパレーションガイド

 記録保存目的で調査された遺跡は、ほとんどの場合、調査が終わると工事によって破壊されてしまいます(いわゆる「緊急発掘」と呼ばれるものです)。二度と見ることができなくなってしまうので、私たちはその遺跡の持つ情報を可能な限り拾い上げて記録し、永く後世に伝えなければなりません。「情報」ということでは、「色」は大きな要素です。遺跡がどのような色の土で埋まっているのか、焼けた炉の跡はどんな色なのか。もちろん文章でも記録しますが、こういうことはやはりカラー写真が一番!…と言いたいところですが、発掘調査の報告書の写真図版は、カラー写真ではなく白黒写真が長らく主流でした。これには大きく二つの理由があります。

〈発掘調査報告書の写真が白黒であるわけ〉
 まず一つ目は保存性。前述のとおり、調査成果を「永く後世に伝える」ということは非常に大切です。ところがカラー写真は年月を経ると色が抜けてしまうことがあります。皆さんも、妙に青くなったり赤くなったりしている写真を見たことはありませんか?このような変質は、印刷物でも生じますが、フィルムではより顕著です。その点、白黒写真では色抜けはありえませんし、現像工程の化学反応がカラー写真とは根本的に異なるので、きちんと現像すれば百年経ってもほぼ変質しないことが証明されています。

写真2 カラーセパレーションガイドの使用例
写真2 カラーセパレーションガイドの使用例

 二つ目は再現性。ある程度以上の年齢の方なら、写真を現像に出したら思った色と違っていたとか、焼き増したら違う色になった、とかの経験があるでしょう。これは、被写体の本当の色が現像する側にはわからないことが原因です。写真屋さんは、経験から判断して色を調整して現像してくれていたので、担当者やお店によって微妙に発色が違ってきたりするのです。また、パソコンの画面で見た写真をプリントアウトしたら全然違う色だった、という経験はありませんか?これは、パソコン画面の色バランスや発色が1台1台微妙に異なり、統一基準によって厳密に調整されていないために生じます。こういった色の再現性のばらつきに対処するために、正しい色に修正していく工程を「色校正」といって、印刷物を作る時などにはとても大切な作業ですが、やはり人間の感覚だけでは不安定です。そんな不確実さよりは、シンプルな白黒写真の方が嘘がない、ということも、文化財において白黒写真が優先される要因になりました。

写真3 グレーカードを写し込む(発掘現場での使用例)
写真3 グレーカードを写し込む(発掘現場での使用例)

 けれど、白黒写真主流の状況は、デジタルカメラの登場で大きく変化しました。フィルムの生産が激減し、フィルム現像ができる現像所もかなり減ってしまいました。結果、デジタルカメラでの撮影に移行するしかなく、フィルムを使わないのなら色抜けや化学反応を考慮する必要がなくなり、白黒写真を使用する必然性の一つがなくなってしまったのです。ならば、カラーの方が当然情報量が多くていいのですが、ここで「再現性」が問題になります。そこで重要になるのが「統一基準」。そのために必要なのが、今回ご紹介する「カラーセパレーションガイド」です(写真1)。

〈カラー写真の色基準〉
 これはフィルムメーカーのKODAK社が作っている、写真撮影に特化した色彩基準で、「カラーコントロールパッチ」と「グレースケール」で一組になっています。色彩再現性のチェックに用いるもので、デジタルカメラやスキャナーなどのグラフィック機器を比較・訂正し、特徴を明らかにするのにも使われます。似たものに「カラーチャート」がありますが、カラーチャートよりも色数が少なくシンプルであること、定規の目盛りが入っていることなど、写真撮影に必要な機能が1枚に集約されていることが特徴です。

写真4 グレーカードとカラーセパレーションガイド
写真4 グレーカードとカラーセパレーションガイド

 この「カラーセパレーションガイド」は写真業界では世界的な基準になっており、現像や色バランスの調整はこれに基づいて行われています。商品撮影や美術品撮影ではフィルム撮影の時代から、プロカメラマン必携のアイテムでした(写真2)。もちろん私たちの文化財撮影においても、カラーでの遺物撮影では必ずこれを写し込んで、印刷時の基準にしています。ただ、「カラーセパレーションガイド」はあまり大きくないので、遺跡の撮影などになると被写体の遺跡全景と同じ光線条件で写し込んで基準にすることが困難です。幸い、最近のデジタルカメラは色バランスの調整が非常に優秀なので、ホワイトバランスが適正なら、正確な色再現が可能です。そこで、発掘調査現場では「グレーカード」(写真3・4)を写し込むことで遺跡の正確な色を記録しています。「グレーカード」というのは「反射率18%(露出計で適正露出を決めるための基準)で無光沢の灰色のカード」で、赤・青・黄などの色彩成分を一切含まないものです。

 文化財の記録保存方法は、これからも社会の変化に合わせてどんどん変わっていくかもしれません。そのたびに、「いかにして正確で豊かな情報を残すのか」が私たちにとって重要な課題になっていきます。その象徴の一つが、この「カラーセパレーションガイド」と言えるかもしれません。
(阿刀弘史)

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