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調査員のおすすめの逸品 №317 近代化の痕跡―彦根市松原内湖遺跡出土の汽車土瓶―

彦根市
写真1 汽車土瓶身(濱松)
写真1 汽車土瓶身(濱松)

 遺跡の発掘調査で見つかるものは、その場所で調査時点以前に営まれた活動の痕跡ですから、縄文時代のように何千年も前の古いモノもあれば、数年前の極めて新しいモノもあります。先日、広島市のサッカースタジアム建設予定地では旧陸軍の施設が見つかり、大きく報道されていましたが、これなどは近代遺跡の好例といえるでしょう。
 今回紹介するのは、彦根市松原内湖遺跡の発掘調査で見つかった汽車土瓶です。松原内湖遺跡は、彦根市北端部に位置する縄文時代から近代にかけての遺跡で、滋賀県流域下水道東北部浄化センターの建設に伴って30年ほど前に見つかりました。この場所は、昭和30年代まで東海道本線が通過していたのですが、明治期に行われた線路敷設工事の事情などについては、調査員のおすすめの逸品No.48「埋もれていた近代化遺産 ―松原内湖遺跡出土「テ」と刻まれた標石」で紹介しています。

写真2 汽車土瓶身(型作り)
写真2 汽車土瓶身(型作り)


 私が一般国道8号米原バイパス建設に伴う松原内湖遺跡の発掘調査を担当した平成26年には、線路そのものは当然撤去されていて、発掘調査対象地は浄化センター建設に伴って搬出された残土が積まれて平地となっていました。しかし、その平地を重機により掘削していきますと、土層断面に線路の築堤と思われる盛土箇所が確認できたり、また築堤の石垣に使われた間知石(けんちいし)がたくさん見つかったりしました。そのほかにも、汽車土瓶などの鉄道に関する近代の遺物がいくつも出土したのです。
 汽車土瓶とは、列車の乗客用にお茶を入れて売っていた陶器のことで、戦後の昭和30年頃まで売られていたようです。昭和46年生まれの私が子供だった頃には、駅の売店では汽車土瓶の後に登場した、針金の把手が付いたポリ容器に入ったお茶をまだ売っていた記憶があります。ですが、缶入りやさらにはペットボトル入りのお茶が手軽に買えるようになると、それもまったく見かけなくなりました。
 写真1は、手回しロクロで成形された、淡黄色の釉を掛けた汽車土瓶の身です。球形に近い胴部(復元径11.1㎝)と上を向いた注ぎ口を持ち、注ぎ口の上には把手をひっかける横方向の耳もあります。胴部には鉄釉で「濱」と書かれているので、静岡県の濱松(浜松)駅で売るために作られたものと思われ、その特徴から明治期のものと思われます。写真2も汽車土瓶の身ですが、石膏型機械ロクロによる成形のもので、一部に明褐色の釉を掛けています。高さ6.8㎝で、ややしもぶくれの胴部と上向きの注ぎ口を持ち、注ぎ口の上には把手をひっかける縦方向の突起もあります。作り方や特徴から、写真1よりも新しいものであり、あるいは戦後に作られた可能性もあります。

写真3 汽車土瓶蓋(湯呑)
写真3 汽車土瓶蓋(湯呑)

写真3は汽車土瓶の身に蓋代わりにかぶせて売られていた湯呑みです。高さ5.4㎝の手回しロクロで成形された筒碗で、にぶい黄色の釉が掛けられています。以上の3点は、自分が担当した発掘調査で見つかっていたのでその存在はわかっていましたが、それに先だって平成25年度に隣接地で行われた発掘調査でも、同様の遺物があることを整理調査の中で知りました。それが写真4です。写真4は完全な形の汽車土瓶の蓋であり、直径は7.9㎝です。灰白色の釉が掛けられています。これらはいずれも、その特徴から、地元信楽で作られたものと思われます。
 松原内湖遺跡のある場所は、JR彦根駅と米原駅の間に当たりますから、これらの汽車土瓶は駅でもないところから出土したことになります。そもそも使い捨ての容器だったものですから、用済みとなって車窓から投げ捨てられたものでは、と推測しています。しかし、手間暇をかけられているので作りはしっかりしていますから、それが「使い捨て」だったという感覚が私にはよくわかりません。旅の思い出に自宅に持ち帰った人もいたのでは?と想像が広がります。また、そのレトロな感覚が現代の人々にも受けているようで、各地で出土した汽車土瓶の展示や復刻された汽車土瓶の販売が行われるなどしているようです。

写真4 汽車土瓶蓋
写真4 汽車土瓶蓋


 なお、この汽車土瓶をはじめとする松原内湖遺跡で見つかった近代の鉄道遺構や遺物については、以前に当協会の『紀要』第30号で書いたことがあります。当協会ホームページから無料でダウンロードできますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。また、信楽で生産された汽車土瓶については、畑中英二著『信楽汽車土瓶』(サンライズ出版から2007年に刊行)で詳しく解説されています。こちらもあわせて読んでみてはいかがでしょうか。
(小島孝修)

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