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活字(左)と母型(右)

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調査員のおすすめの逸品142 琵琶湖文化館所蔵 活版印刷資料

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滋賀県には我が国における各時代の印刷文化を伝える文化財が数多く現存しています。例えば、平安時代の版本である石山寺所蔵の「仏説六字神呪王経」や、中世(南北朝時代~室町時代)に製作された西明寺所蔵の板木「法華経板木」・「仁王経板木」は、当期の木版印刷技術を伝える貴重な資料です。近世資料としては、延暦寺の所蔵する伊勢太神宮内院・常明寺の聖乗坊宗存が同寺への「一切経」奉納を企画した際に使用した木活字「宗存版木活字」が一括の状態で現存しています。近代以降においても滋賀県出身の堀井新治郎親子が謄写版(ガリ版)を開発し、その印刷技術や歴史を伝える資料群がガリ版伝承館(東近江市)に保存、展示されています。
今回、ご紹介する琵琶湖文化館所蔵の活版印刷資料は明治以降1970年代まで印刷の主流であった鋳造活字(鉛製活字)を使用した活版印刷に関わる技術資料群です。これらは元々、滋賀県の文化財刊行物を多く手がけてこられた中村印刷株式会社(京都市)が活版印刷事業において用いていたもので、同社が活版印刷事業に終止符を打つに伴い、滋賀県に寄贈されました。

活字(左)と母型(右)
活字(左)と母型(右)

ちなみに活字の原型となる「母型」とその母型を収納する「母型箪笥」はほぼ全点が受け入れられています。
皆さんもご存知と思いますが細長い銀色の活字は「母型」という雄型に鉛を流し込んで鋳造されたものです。ですから、オリジナルである「母型」は活字以上に重要であるといえます。また同社が特に戦後において、京都大学をはじめとする大学や博物館施設などの学術刊行物の印刷を多く手がけてこられたことから、「外字」といわれる特殊な文字や記号を表現する活字が多く鋳造されており、その原型である母型は重要と判断されます。

活字鋳造機
活字鋳造機

当館では、平成22~23年度にかけて本資料の全容把握を目的とした概要調査と多数所有する母型の詳細調査を実施しました。
全容把握を目的とした概要調査ではまず、活版印刷の作業工程ごとに資料を分類し、整理・調査を行いました。分類すると下記の通りになります。

1.活字を鋳造する・・・パターン、母型箪笥、活字鋳造機など
2.活字を選ぶ・・・ケース棚(活字棚)、文選箱、すだれケースなど
3.版(版下)を組む・・・植字台、輪郭罫および罫線、現存する組版例など
4.印刷する・・・チース、紙型

母型箪笥
母型箪笥

このように活版印刷の各工程にわたって主要な器具・用具がそろっているところが、琵琶湖文化館所蔵の活版印刷資料の大きな特徴といえるでしょう。
一方、母型は一点一点の彫られた文字を確認する調査でした。母型の数は膨大で総点数は約97,000本に及びます。調査は地道な作業で、ルーペを用いて小さく彫られた文字(小さいもので1.4㎜程度)を確認し、調書に判読した文字を書き写します。また母型は真鍮で出来ており、冬場になると冷気を帯びるため、手がかじかんできます。そんな中で手袋をはめ、1日数百点の大変根気のいる調査でした。そんな苦労の甲斐あって、約47,000本の母型の詳細調査が終了し、他に類のない外字や異体字、特殊な文字の母型が多数、確認されました。さらに母型を製作する会社にもそれぞれ特徴があることがわかり、日本の印刷産業の歴史が垣間見えてきました。
失われつつある日本の活版印刷文化。その全容を今に伝えてくれる貴重な資料群です。

(渡邊 勇祐)

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