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オススメの逸品

調査員のオススメの逸品 第241回 甲賀市土山町〈山内ふるさと絵屏風〉~記憶のなかの風景を描く~

甲賀市

誰もが幼い頃に心に刻み、未だに忘れることができずに心の奥に大切にしまっている風景があると思います。それら一人ひとりの大切なふるさとの記憶をカタチにし、それを地域の財産として後世に残していくことができれば、それはとても素敵なことではないでしょうか。今回はそんな逸品、「山内ふるさと絵屏風」を紹介いたします。

逸品の舞台となる甲賀市土山町の山内地域は、野洲川の上流、鈴鹿山脈の麓にある中山間地域です。清らかな水と緑豊かな山に恵まれた自然環境とともに、里山の暮らしの中で培われた伝統的文化が息づく地域ですが、近年、多くの中山間地域が抱えている、人口減少や少子高齢化に伴うコミュニティーの機能低下が課題になっています。

写1 山内ふるさと絵屏風
写1 山内ふるさと絵屏風

このようななか、「山内エコクラブ」では、住民自らが地域に目を向けて、地域資源(人・自然・文化)をフィールドワークによって掘り起こす活動の一つとして、地域の記憶をカタチにして希望ある未来に繋げる「ふるさと絵屏風」の作成が企画されました。

そもそも「ふるさと絵屏風」とは、人々の心に刻まれたふるさとの印象を表現するもので、「心像絵図」とも呼ばれています。ひとつの集落や地域を対象とし、その土地の生業や生活風俗、祭りや行事、四季のうつろいを屏風絵として描かれます(写1)。その作業は、川・道・田畑などの下図となる地図のレイアウトを作成し、そこに、地域の高齢者からの聞き取った記憶をもとに、集落を構成する家並み、人びとの日常生活、冠婚葬祭などの行事などが所狭しと描かれます。

写3 子どもの遊び
写3 子どもの遊び
写2 旧東海道沿いの風景
写2 旧東海道沿いの風景

それでは、絵屏風をみていきましょう。鈴鹿峠をひかえた山中地域では、旧東海道を長閑に歩く牛の行列、夏の風物詩であったアイスキャンデイー売り、土山茶のお茶刈り、屋内に吊るされた蚊帳とともに、鮮やかな純白のヤマユリが目に飛び込んできます(写2)。描けれているのは昭和30年代ごろ、野原で遊ぶ子どもたちの風景が活き活きと描かれているのは、当時、子どもであった自分を描いているからにほかなりません(写3)。

家族総出の稲刈り(写4)、炭焼きや松茸狩りなどの山の生業(写5)のほか、小学校の校庭(写6)、埋葬の行列(写7)の風景を見ていると、この絵屏風が地域の人びとの人生の一齣を描いていることがよくわかります。

写6 小学校の校庭
写6 小学校の校庭
写5 山の生業
写5 山の生業
写4 秋の稲刈り
写4 秋の稲刈り

ふるさと絵屏風は、山内の高齢者、若い大学生、裏方のスタッフによる協同作業により完成しましたが、わたしが山内エコクラブの活動を見学させていただいた際には、一堂に会した絵屏風を背景に、高齢者の聞き取りと、新たな記憶の風景を描く作業は続けられていました(写8)。山内のいいところをもっと知ってもらいたいとする住民の活動は、今後も末永く続いていくことでしょう。

なお、山内ふるさと絵屏風は、土山歴史民俗資料館の企画展「山内ふるさと絵屏風―記憶の玉手箱―」(期間:7月28日~1月27日、休館日;月・火曜日、11月4日)で展示されていますので、興味のある方は、資料館の絵屏風とともに、緑豊かな山内地域を訪れてみてはいかがでしょうか。

写8 絵屏風作成は続く
写8 絵屏風作成は続く
写7 埋葬の行列
写7 埋葬の行列
(林修平)
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