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調査員のオススメの逸品 第250回 卓越した職人技―4500年前の縄文時代の補修技術

大津市

めっきり寒くなり鍋物が恋しいシーズンがやってきました。鍋物といえば土鍋がよく活躍します。金属性の鍋に比べ、加温の際、ゆっくり温度が上昇するので、食材のうまみが上手に引きだされ、芯までよく火が通るのに煮崩れしにくいという特性があります。また、一度温まると冷めにくく、余熱調理も出来、燃料を節約できるので経済的です。こんないいことづくしの土鍋ですが、お手入れには少々気を使います。使い始めは「目止め」をしないと多孔質のため水漏れします。急激な温度変化に弱いので、熱いなべを水につけたりすると割れる恐れがあります。また、よく乾かしてからしまわないとカビが生えたりします。大事に使っても鍋が壊れてしまったら、今日ではそれを直して使うことはあまりありません。一昔前の鋳物の鍋なら鋳かけ屋さんに直してもらうこともありましたが、割れた土鍋をつないで使うことはめったにないでしょう。

ところが、今から4500年前の人たちは焼き物の鍋(土器)を割れてもつなげてまた煮炊きに使っています。

土器の破片の中には小さな孔をあけたものがあり、この孔は割れ目を挟んで対になっていて何かで結束するためのものと見られます(写真1)。しかし、粟津湖底遺跡では、この補修のための孔の空いた土器片に、なんと結束する紐状の繊維がついた状態のものも見つかりました(写真2)。しかも紐でくくった後、その上から割れ目も含めてパテのようなものを塗りこめ、念入りに補修しています。具体的な補修方法がわかるだけでも驚きの資料ですが、この破片にはその補修痕の上に炭化物が付着していることから、補修後にまた煮炊きに使っていることがわかるのです。割れてもつないで、また加熱調理に使えるとは驚きの修復技術です。そして、使い込んだ鍋はなかなか手放せない理由があるのでしょう。

写真2 紐の残る補修孔のある土器片
写真2 紐の残る補修孔のある土器片
写真1 補修孔のある土器
写真1 補修孔のある土器

今のところ、くくりつけている紐状繊維は、発掘調査報告書では「縄かフジ科の蔓」とされていますが、何の植物の縄かなど詳細は、わかっていないようです。植物質の素材についての研究は、近年、新たな分析方法等があみだされ、いろいろな事実が分かってきています。つる性の植物に限らず、植物の外皮や内側の繊維、茎や根等を用途に合わせて加工し、さまざまな繊維製品が作られていたことが判りつつあります。こうした素材は地域によって使われる植物が異なり、その地の植生や気候風土を反映したものとみられます。粟津湖底遺跡の土器片についている繊維については未だ分析されていませんが、将来、何の植物を使ったのか分かるかもしれません。

また、孔を塞ぐパテの材料もまだ不明です。その上に付着している炭化物についても、最近の分析技術ではどんなもの(海産物、陸上動物、穀類など)を煮炊きしたのか、おおよその傾向が分かるようになってきました。しかし、こうした破壊をともなう分析は、またとない貴重な資料を永遠に失ってしまうため容易にはできません。分析にかければわかるかもしれませんが、今のところは、将来、もっと優れた分析技術が出てくることを期待して、何を煮炊きしていたのか、想像するのも楽しいものです。

現在、この補修孔のある土器は滋賀県埋蔵文化財センターのロビーに展示(「いらないともったいないの考古学」)していますので是非見に来てください(写真3)。

写真3 ロビー展示状況
写真3 ロビー展示状況

(小竹志織)

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