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調査員のおすすめの逸品 №288 湖底から掘り起こされた縄文スウィーツ-粟津湖底遺跡出土種実類
春から夏、秋に向かって、果物や野菜がますます美味しい季節となります。6月にはキィウィやラズベリーが全盛、もう少ししたらブドウもいいですね。この頃になるとよく、粟津湖底遺跡からみつかった小さな種実類に思いを馳せます。
粟津湖底遺跡は、縄文時代早期のクリ塚や自然流路、中期の貝塚を中心とする遺跡です。琵琶湖の南端に位置し、湖底に眠っていたこの遺跡は、豊富な湖水にパックされて、通常の遺跡では残りにくい植物質遺物が多量にみつかりました(写真1)。植物質の遺物には木製品などの人工遺物のほか、周辺植生由来および人為的投棄による複数の種類の枝や葉、花粉、そして種実類などの自然遺物がありました。
種実類には、木の実など肉眼でもそれとわかるものから1ミリに満たないごく小さな草の種まで様々な大きさのものがあります。一般に遺跡から見つかるのは、種実のなかでも堅い部位で、多くの場合ジューシーな果肉など柔らかい部位は炭化している場合以外は遺存しません。また、人が食したものは残滓として廃棄部分のみが集積したり、貯蔵していたものがまとまって出土することがあります。
粟津湖底遺跡では、どんぐりやクリ、トチノキ、ひしなどの食糧残滓として堅い殻が集積し、植物性食糧が縄文人の食生活の多くを占めていたことがわかりました。このほかにフユイチゴ、サルナシ、マタタビ、ブドウの仲間など食用可能な種類も含まれており、木の実など人の利用の明らかな種類とともにまとまって出土しました。これらの種類は食料として利用された可能性が高いといえるでしょう。
ところで、冒頭に挙げた果物と同じ仲間の種実が、およそ1万年~5千年前のこの粟津湖底遺跡(クリ塚・第3貝塚)から出土しているのです。種実類は、種類によって詳しく見るとそれぞれ違う形をしており、同じ仲間はだいたい同じような形をしています。キィウィはサルナシやマタタビの仲間、ラズベリーはフユイチゴの仲間で、みつかったのは“たね”の部分です(写真2・3)。小さな“たね”なので、肉眼ではなかなかわかりにくいかもしれません。ルーペを使って拡大すると、写真2・3と同じような姿を確認できます。身近にある果物の“たね”そっくりなものが縄文時代の遺跡でみつかっている!実物をはじめて見比べたときに新鮮な驚きを得ました。
遺跡の発掘調査では、建物や墓などの遺構とともに、土器や石器などの人工遺物が出土するほか、粟津湖底遺跡のように、条件が良ければ自然遺物がみつかります。自然遺物には貝や骨など動物由来のもの、樹木や木の実などの植物由来のものがあり、微細な花粉などもあります。私たちはこれらを総合的に分析して、当時の人々の生活や周辺環境を知ることができるのです。
1㎝にも満たない小さな種実類は、当時の人々の食生活や周辺植生を如実に伝えてくれる逸品です。(中川治美)
《参考文献》
滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会1997『粟津湖底遺跡 第3貝塚』
滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会2000『粟津湖底遺跡 自然流路』