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新近江名所図会

新近江名所圖会 第54回 天台の修行の地-葛川明王院

大津市
大津市葛川坊村町

明王院は、大津市域北端、葛川地区、安曇川上流の渓谷に立地する天台宗の寺院です。とにかく遠く、堅田からバスに揺られること小1時間でようやく到着します。
明王院は、息障明王院(そくしょうみょうおういん)とも称され、葛川明王院の名でも知られています。
『葛川縁起』(鎌倉時代前期成立)によれば、開基(創立者)は比叡山延暦寺の僧で北嶺回峰行(ほくれいかいほうぎょう:比叡山の霊地を巡礼し、数十キロの道のりをひたすら歩く修行)の創始者である相応和尚(そおうかしょう)です。
貞観元年(859年)に葛川に入った相応が「三の滝」で祈念していると、滝の中から不動明王が出現したため、滝内に飛び込んで抱きかかえたところ桂の古木に変わります。この霊木に不動明王を刻んで安置したと伝えられます。
以来、明王院は回峰行者が堂内に籠って祈願する参籠の場としての地位を確立し、現在も葛川参籠は続いています。毎年夏に行われている参籠は、夏安居(げあんご)の名で広く知られています。7月18日に明王院本堂で行われている「太鼓まわし」は、不動明王に対面した相応が三の滝に飛び込んだ故事にちなみ、1m以上の大太鼓を勢いよく廻し、止められた大太鼓の上から行者が飛び降りるというものです。

三宝橋
三宝橋
政所表門
政所表門

おすすめPoint

護摩堂
護摩堂

明王院は建物全てを含めた境内全体が山岳修験の回峰行の重要な道場となっています。
本堂・護摩堂・庵室・政所表門の主要な建物4棟(室町時代、江戸時代前期~後期)に加え、石垣・石塀・石段などを含む境内地が一括して重要文化財に指定されています。
さらに、12世紀の作とされる千手観音立像・脇侍の毘沙門天立像・不動明王立像の3本尊をはじめ、葛川明王院文書や501枚に及ぶ参籠札などが重要文化財に指定されています。

◇境内

庵室
庵室

明王院の境内は、北に流れる安曇川から東側に入った支流・明王滝川の右岸に位置します。明王滝川に架かる朱塗りの三宝橋を渡ると、参道の左側には政所(まんどころ)と呼ばれる一画があります。政所表門の正面には朱塗りの宝形(ほうぎょう)造建物の護摩堂、参籠の行者が寝泊まりする庵室などが建ちます。

◇本堂

明王院本堂
明王院本堂

護摩堂脇の石段を上った先、一段高く整地された場所に本堂が建ちます。現存する本堂は江戸時代の建築ですが、2005年に滋賀県教育委員会が行った保存修理工事の結果、平安時代後期(1086~1184)に建立された前身本堂の部材の大部分が転用されていることが判明しました。信長の焼き討ちを受けていなかったのです。
また、同時に当協会が行った境内発掘調査では、現在の庵室や本堂の基壇の下には11世紀後半ごろの古い基壇が見つかり、平安時代から同じ場所に堂宇が存在していることがわかりました。

◇参籠札

現在も続く参籠札の奉納
現在も続く参籠札の奉納

中世から近世にかけて、葛川参籠を行った人は参籠札という卒塔婆形の木札を奉納することが習わしで、残されている約500枚の参籠札の中には足利義満や足利義尚、日野富子など歴史上人物自筆のものも含まれ、室町時代には葛川参籠が幅広い階層によって行われたことがわかります。
現在も人の背丈ほどの参籠札が本堂の左側に奉納されているので、じっくりと観察することができます。

周辺のおすすめ情報

地主神社境内
地主神社境内

明王滝川をはさんで対岸には明王院の鎮守で、葛川の土地神で水の神でもある志古淵明神(しこぶちみょうじん)を祀る地主神社(じしゅじんじゃ)があります。
相応が貞観元年(859)に創立したと伝えられます。現在の本殿は、文亀二年(1502)に建てられた三間社春日造です。県内で唯一の三間社春日造本殿として貴重であるため、幣殿とともに重要文化財となっています。文保元年(1317)の得ずには明王院本堂の北側に地主神社が描かれています。
明王院・地主神社は深い山中にあるため、現地取材に行った4月中旬にはまだ雪が残っており、沖縄育ちの私にとっては厳しい寒さでした。ですが、夏は涼しいので、明王谷川沿いのハイキングコースを登っても気持ち良いでしょう。また、明王谷川の清流を眺めて忙しさで疲れた心を癒すのもお勧めです。
なお、明王院・地主神社では宿泊はできませんが、地主神社の鳥居の近くには比良山荘・石楠花山荘があり、休憩や宿泊ができます。川魚料理が美味しいそうです。

アクセス

【公共交通機関】
・JR湖西線 「堅田駅」下車後、江若交通バス堅田葛川線・細川行き利用、「坊村」下車徒歩5分(所要45分、1日3往復)
・京阪鴨東線・叡山電鉄叡山本線 出町柳駅などから京都バス比良線、朽木学校前行き利用(出町柳駅から所要56分、1日2往復(季節便あり))
【自家用車】
・京都市内より国道367号線を北上、大原、途中を経て、花折峠を越え坊村町へ
・大津より国道161号線を北上、琵琶湖大橋交差点で左折、途中で国道367号線に合流、あとは上記と同じ、駐車場あり


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(具志堅 有紀)

参考資料
・滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会 2007 『近江湖物語一 水の浄土琵琶湖』
・滋賀県歴史散歩編集委員会編 2008『滋賀県の歴史散歩㊤大津・湖南・甲賀』山川出版社

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