新近江名所図会
新近江名所圖會 第290回 御代参街道は、森のアトラクション! ― 自転車ライフに+αを ―
街道が好き!体力に自信がある!アトラクションが好き!なによりも自転車が好き!!という方に必見の自転車ルートの案内です。
この『新近江名所図会』をご愛読いただいている方々の中には、お気づきの方もいるでしょう。協会職員の中には、自転車を愛してやまない男たちがいるのです(参照:第117回・第121回・第143回)。
現在の自転車ブームの中、滋賀県ではさまざまな自転車イベントが開催されており、県外からも参加するライダーが急増しています。滋賀県にお住いの方なら、晴れた日の湖周道路を気持ちよく駆け巡るライダーたちの姿を、毎日のように見かけるでしょう。
そんな中、自転車で文化財を巡るイベントが、全国各地で行われ、自転車ファンだけでなく歴史ファンにも人気になっています。県内でも、そういった取り組みが、少しずつ芽生え始めています。そんな流行にぜひ乗っかりたいと考えるみなさまに、わたしたち自転車部の数ある奮闘記の中から、江戸時代に整備された脇街道のひとつ、「御代参街道」の走破記録を紹介します。
まずは、御代参街道についてお話しましょう。江戸時代、幕府は江戸の日本橋を起点とする街道を整備し、それらを「五街道」として定めました。さらに、それ以外の街道として「脇街道」が整備され、これらの道は、経済や文化の発展にも大きく寄与することになりました。
御代参街道は、脇街道のひとつで、中山道愛知川宿に近い小幡から東海道土山宿を結びます。この街道が整備されるきっかけとなったのは、三代将軍家光の乳母であり、あの“大奥”の中心だった春日局といわれています。寛永17年(1640年)に、春日局が伊勢神宮から多賀大社へ参詣する際に、この道が整備されたと伝えられています。また、皇族も同様に二つの社を参拝する義務があり、代参をする人々がこの街道を往来したことから、いつしか御代参街道と呼ばれるようになりました。さらに江戸時代の伊勢参りブームの中で、北国と伊勢とを結ぶ経路として多くの旅人に利用されたといわれています。
さて、この御代参街道にはもうひとつの特徴があります。この街道沿いに所在する宿場町からは、多数の近江商人が誕生したのです。最も著名なのは、日野町を本拠とする日野商人でしょう。行商を基本とする近江商人にとって、御代参街道はさまざまな街道が絡み合う絶好の環境だったです。この道は、東海道と中山道を結ぶだけでなく、八風街道とも交差しています。八風街道は、近江八幡から八日市を経由して、八風峠を越えて三重県に至る道です(参照:第143回)。非常に急な峠道ですが、東国との距離は圧倒的に短く、中世以来、交易のルートとして重宝されました。このように、複数の街道が絡み合う環境こそが、交易を発展させ、多数の近江商人を輩出するきっかけとなったのでしょう。
では、多くの人々が往来したこの道は、いったいどんな景色を見せてくれるのでしょう。中山道の小幡から土山宿まで、約九里(36km)の距離で、小幡→八日市→日野→土山宿という道程を辿ります。小幡から日野までは平坦地で、晴れた日ならば、のどかな田園風景や宿場の雰囲気を楽しみながら心地よく走れます。
そして、日野町から土山町へと至る笹尾峠の入り口に差し掛かります。ここからは、地面は整備されておらず、一見、獣道のような街道が深い森の中へと続いていきます。山中には腐っているのかと疑うほどの丸太の橋。これは崖か!?と見紛うほどの急な階段の数々。そして我々を拒むかのように道を塞ぐ倒木たち。すでに自転車は押して進むどころか、担ぐ荷物となり果てています。これはサイクリングではない!数多の障害物を乗り越えるアトラクションだ!と自分に言い聞かせて進んでいきました。
ようやく頂に近づき森がひらけると、北には日野の町が遠く眼下に広がっています。これは、御代参街道の中でも最も美しい光景のひとつであることには違いありません。春日局一行も、往来する旅人たちも、この光景を見ながら一息入れて、旅の疲れを癒していたことでしょう。ここまで来ればあとは下りのみです。峠を越えたら美しい茶畑を横目に、土山宿まで気持ちよく疾走していきましょう。
ちなみに、南の土山宿側から笹尾峠を越えると、その麓に日野町の鎌掛宿があります。江戸時代末の寛永年間(1848~1854年)の記録によると、この宿の街道沿いにはさまざまな商店が立ち並んでいましたが、圧倒的に多かったのは旅籠だったそうです。土山宿から鎌掛宿までわずか10kmにも満たない距離ですが、かつての旅人たちも笹尾峠でクタクタになった身体を、旅籠で癒していたのでしょう。そんな旅人たちの需要を見越してたくさんの旅籠が経営されたのも、近江商人の心にある商売気質が所以だったのかもしれません。
さて、近江商人には「三方よし」というあまりにも有名な格言があります。売り手、買い手の利益のみでなく、社会への貢献を込めた言葉です。自転車好きに、“文化財”というちょっとした+αを加えれば、あなたの好きなあの町にも、とても大きな貢献になることでしょう。
(文献)
滋賀県教育委員会(2002年)『御代参街道・杣街道 中近世古道調査報告5』
淡海文化を育てる会(2004年)『近江歴史回廊 近江商人の道』サンライズ出版
◆おすすめポイント
(1)坂の下の土産物屋跡を通って:土山宿側から笹尾峠を目指す道中、瀬ノ音の集落に至ると、街道は民家と民家の間を通過して山道に入ります。ここには、かつては「坂下屋」という土産物屋があったそうです。そこから自転車で登ろうとすると、近所の女性が、「あんたら、自転車でそんなところ登るなんて本気か!?そんな人、見たことないで!」と、とても驚いた顔をしてくれます。
(2)笹尾峠の頂上:峠の頂上まで登ると、笹尾峠の看板があります。ぜひ自転車と一緒に写真を撮りましょう。「こんなところを自転車で登るなんて、無茶なことをしたものだ。」と自然に笑みがこぼれるでしょう。そして、頂上に置かれたノートに、これまでの旅の思い出をしっかり記帳していきましょう。
(木下義信)