新近江名所図会
新近江名所圖會 第263回 安土の笏谷石タイル
天正3年(1575)、長篠の合戦で武田勝頼を破った織田信長は、11月28日、家督と居城の岐阜城を嫡男信忠に譲り、自身は愛用の茶道具のみを携えて重臣佐久間信盛の屋敷へ御座を移し、翌年の1月中旬に丹羽長秀を総奉行として安土山御普請を開始し、2月23日には安土に新造された屋敷に御座を移しています。4月1日から天主や石垣の普請が開始され、天正7年(1578)5月11日、完成した天主に信長が入ります。その後、信長は宿敵武田勝頼を自害に追い込んだのち程なくして、天正10年6月2日未明、本能寺で明智光秀の襲撃を受け自害し、14日から15日にかけて安土山の天主は焼失します。そして、天正13年(1585)、豊臣秀次の八幡築城に伴い、焼失を免れた城内の施設や城下町は八幡城下に移転され、安土城は廃城となります。廃城後の安土山は摠見寺の領地となり、明治維新後は国有地となりますが、戦後、摠見寺に払い下げられ、現在に至っています。
信長が築いた安土山(城)は、全山高石垣におおわれ、山頂には金箔瓦を葺いた五層七重の天主が聳立つなど姫路城や彦根城など今も往時の姿を伝える近世城郭の出発点となる城郭と評価されています。
安土山(城)の最初の発掘調査は、昭和15年に天主跡、昭和16年に伝本丸跡で行われています。昭和25年に史跡に指定され、昭和27年には特に重要な史跡として特別史跡に指定されています。昭和35年12月から5ヵ年計画で伝黒金門から伝二の丸、伝本丸、天主、伝三の丸で石垣修理工事が行われています。その後、平成元年から20年計画で実施された調査整備事業によって現在の大手口周辺、大手口から天主に至る登城路、登城路沿いの伝羽柴邸や伝前田邸などが復元整備されました。
安土山(城)には年間10万人前後が訪れます。入山(城)者の大部分は、往路は大手口から180mにわたって直線的に延びる仮称「大手道」の石段を上がり伝黒金門から伝本丸跡を抜けて天主台に、復路は往路と同じコースをとるか、足を延ばして摠見寺跡に立ち寄り百々橋口に向かい、途中で山腹を抜けて伝羽柴邸を横切るコースをとります。
天主に上がる入山(城)者は往路、復路とも例外なくその石の上を通っているにもかかわらず、そこに立ち止まることがあっても、見過ごされる石があります。それが今回紹介する、天主入口石段の踊り場にタイルのように敷きつめられた笏谷石です。
安土山(城)の石垣や石段の石材は、一部に石仏や五輪塔なども使われていますが、ほとんどは安土山や周辺で採れる湖東流紋岩と称される火成岩が使われています。湖東流紋岩は、観音寺城や彦根城などの城郭、神社や寺院の礎石や石垣にも広く使われています。
一方、笏谷石は、安土山周辺のみならず滋賀県には分布しません。笏谷石とは、福井県足羽山山麓の笏谷地区で採れる凝灰岩で、色調は青味を帯び、石質は緻密・軟質で加工し易く、古墳時代の越前地方では石棺の石材としても使われていました。そして戦国時代には石材産業として発展し、石材や製品が日本海海運などで各地に運ばれており、その分布は東海から近畿地方、山陰や東北、北海道南部の沿岸部まで及んでいます。県内では、寺社に伝えられた石仏・石塔・神猿・狛犬など20点以上が知られているほか、小谷城跡、観音寺城跡、敏満寺遺跡などでも容器や臼などが出土しています。安土城では、敷石のほかに、伝本丸跡で大型の容器が出土しています。
信長の足跡を伝える『信長公記』には、天正9年7月11日、越前の柴田勝家が黄鷹10連と切石数百を安土の信長に進上したことが記されています。天主入口に敷かれた笏谷石はこの時進上された切石の一部の可能性があります。信長から越前の領国統治を任されている勝家が、その戦利品として信長に進上したのでしょうか。
安土山(城)に行かれる機会があれば、笏谷石の敷石を踏みしめながら、信長や勝家に思いを馳せてみては如何でしょうか。
周辺のおすすめ情報。
滋賀県立安土城考古博物館の第2常設展示室では、安土城全体の模型、大手道の発掘前・発掘中・発掘後・復元したらこんな感じの模型、伝羽柴邸の復元模型が展示されています。是非、安土山(城)とセットでご覧ください。
安土山の構造より深く理解できます。さらに、観音寺城、小谷城、彦根城の模型も併せてご覧いただくと、戦わず落城した城、戦って落城した城、戦う必要がなくなった城、城郭の様々な側面を垣間見るきっかけになると思います。
●アクセス
○電車でお越しの方
JR琵琶湖線「安土駅」より徒歩25分。レンタサイクル10分。
○お車でお越しの方
名神高速道路竜王I.Cまたは八日市I.Cより車で30分、もしくは名神高速道路蒲生S.I.Cより車で25分→国道8号線西生来交差点を経由して加賀団地口交差点を右折
○バス(あかこんバス)でお越しの方
平日、安土駅南広場より1日4便コミュニティバスで14分