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新近江名所図会

新近江名所圖會 第450回 「甕割り柴田」の逸話が残る山城 ~近江八幡市長光寺城~

近江八幡市

 みなさんは「甕割り柴田」のエピソードをご存知でしょうか?

 織田信長の重臣であった柴田勝家にまつわる逸話で、籠城中に最後に残された水を兵たちに振る舞ったあと、水瓶を打ち割って城兵に決死の覚悟を固めさせ、死中に活を得て戦いに勝利したという逸話です。この逸話が生まれた舞台となったのが、近江八幡市と東近江市にまたがる瓶割山に築かれた「長光寺城」(別名:甕割山城)なのです。

 長光寺城は、応仁2年(1468年)に近江守護六角高頼と対立した六角政尭が築城したと伝えられます。その後、永禄11年(1568年)には、織田信長が観音寺城に立て籠もっていた六角承禎・義弼父子を観音寺城の戦いで破り、周辺の抑えとして柴田勝家を長光寺城に入城させました。そして元亀元年(1570年)、六角承禎が長光寺城を攻めた際、籠城していた長光寺城から不退転の覚悟で城外に打って出て、見事に勝利を収めたとされます。

〔おすすめPoint〕

 長光寺城では標高234mの山頂部を中心に、比較的コンパクトにまとまった現地に残る城郭遺構を見学することができます。山頂部とそこから延びる尾根上に曲輪が築かれ、そこからは手に取るように周囲を見渡すことができます(写真1)。曲輪同士の間には堀切(写真2)によって尾根筋が分断され、歩きやすい尾根上の動きを遮断していたことがよくわかります。また、滋賀県は観音寺城に代表されるように、全国的にみても城郭に石垣がいち早く導入されていた地域で、象徴的に作られたと考えられる高さ6mほどもある大きな石垣も築かれています(写真3)。

写真1 長光寺城から琵琶湖方面を望む
写真2 長光寺城の堀切
写真3 長光寺城の石垣

 私がこの城跡を訪れたときには、「この地面の下を発掘すれば、柴田勝家が実際に割った甕が出てくるのだろうか。」と思いを馳せながら散策していました。このように、見どころの多い城郭遺構が現地には残されています。

〔周辺のおすすめ情報〕

 さて、長光寺城のある瓶割山の西側山麓には、徒歩で十分に見てまわれる範囲に歴史的なスポットがたくさんあります。すでに紹介もされていますが、椿神社(第167回)や千僧供古墳群(第185回)、以前当協会が発掘調査を実施しました御館前遺跡(現地説明会資料はコチラ)などがあります。

 椿神社にある神門は、門柱の前後に控え柱を2本ずつ、左右合わせて4本立てた四脚門と呼ばれる形態で、室町時代後期頃のものとして滋賀県指定有形文化財に指定されています(写真4)。千僧供古墳群はすでに消滅した古墳も含めて十数基以上から構成され、いずれも県指定史跡となっている住蓮坊古墳(写真5)・供養塚古墳・トギス塚古墳・岩塚古墳が残っています。

写真4 椿神社の神門
写真5 千僧供古墳群(住蓮坊古墳)

 今年も暑すぎたこの夏が過ぎ去った時期に、のんびりと周辺を散策されてみてはいかがでしょうか。

(調査課 小林裕季) 小林裕季の活動状況はコチラ 

アクセス:

【自家用車】登山口は北西山麓にある日吉神社裏からがオススメ(城跡まで約40分)

【公共交通】JR琵琶湖線近江八幡駅から近江バス八幡竜王線「長光寺町」バス停下車、日吉神社まで徒歩20分

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