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新近江名所図会

新近江名所圖会 第33回 内湖の福の島-福之島弁財天

近江八幡市
近江八幡市安土町下豊浦
干拓前の福之島弁財天
干拓前の福之島弁財天

安土城址のある安土山の北側には、昭和10年代まで琵琶湖の内湖が広がっていました。「広がっていました」と過去形なのは、戦時中に行なわれた干拓で現在は陸地となっているからです。そんな内湖の一つ、弁天内湖に浮かんでいた福之島に祀られているのが福之島弁財天です。
弁才天といえば、七福神の1人であり、「弁天様」と呼び親しまれている神様です。弁才天はもともとインドの河の神様「サラスヴァーティー」であることから、島や水辺に祀られることが多いようです。滋賀県で弁才天といいますと、長浜市の沖合に浮かぶ竹生島の「宝厳寺」や、彦根市古沢町の「大洞弁財天」などがよく知られており、とくに宝厳寺は、「日本三大弁才天」の一つとされることもあります。
福之島弁財天は、「宝厳寺」や「大洞弁財天」のように世に知られた存在ではありませんが、地元「永町」の人達には、「弁天堂」と呼ばれて大切にされています。また、弁才天といえば芸能の神様としても信仰を集めていることから、毎月お参りに来る舞台俳優さんもいらっしゃるとお聞きしたこともあります。
「福之島」といいつつも、当然ながら現在は島ではありませんから、陸続きで歩いて行くことができます。干拓で干上がった時の空中写真やその時に作られた湖底の等高線図を見ますと、もともとは内湖にぽっかりと浮かんだ島というよりは、湖底の少し高い部分が水面に顔を出していた程度の砂州のような地形だったようです。
現在は、背の高い石垣が円形に積まれ、その上にお堂が建てられています。石垣の裾にはドーナツ状に堀が巡っていて、石橋を渡ってお堂にたどり着くことができますが、水が満ちた堀に浮かぶ様は、かつての福之島の姿を思い起こさせます。
干拓前に撮られた福之島の写真を見ますと、湖水に浮かぶ石垣とお堂のほか、近江八幡市伊崎寺にある竿飛びの竿のようなものが写っています。現在、この竿はありませんが、かつては竿飛びができるほどに水深があったのでしょう。
お堂の前に建てられている石碑によれば、ここに弁才天が祀られたのは天文年間(1532~1555)のことといいます。信心深い地元の漁師文吉が、遭難したところを比叡山無動寺の弁才天に助けられ、打ち上げられた砂州に祠を建てたのが始まりと伝えられています。
その後、浪速横堀の黒井勘兵衛が、永禄2年(1599)に自身が厚く信仰していた身延山七面天女像を、お告げによりこの祠を改修して安置したといいます。島の名前も、もともとは富士島であったのが、いつの頃からか福之島になったようです。

弁天堂
弁天堂
弁天堂と堀
弁天堂と堀

おすすめPoint

私がこの福之島弁財天をはじめて訪れたのは、平成11年(1999)の春のことです。福之島の周囲に広がる縄文時代遺跡、弁天島遺跡の発掘調査のためでした。最初に「弁天島」という遺跡名を聞いた時、小学生の時に潮干狩りに行った静岡県にある浜名湖の弁天島しか知らなかった私は、やはり同じように舟に乗っていかなければならないのか?と思ってしまいました。
その後調べていきますと、縄文土器研究の礎を築いた山内清男博士が昭和24年に発掘調査を行った「安土遺跡」の一部で、学史上とても有名な遺跡であることを知りました。また、弁天島遺跡の名称は、弁天内湖と同様に福之島弁財天に由来することもわかりました。
2年間にわたる発掘調査の結果、縄文時代早期後葉から前期後葉にかけての遺構や遺物が多数見つかり、ここで長期にわたって集落が営まれていたことをあらためて発見することができたのでした。私にとっては、初めて1人で担当した縄文時代遺跡の調査でしたし、その後内湖の遺跡に興味を持つきっかけにもなった、とても思い出深い調査です。

周辺のおすすめ情報

桜の季節の福之島弁財天
桜の季節の福之島弁財天

福之島弁財天を訪れるのなら、春先をお勧めします。本数は少ないのですが、桜が満開になると、弁天堂はとても美しい姿を見せてくれます。
安土城址は桜の名所としてよく知られていますが、新近江名所図会第28回で紹介した「安土城址」の石標から、福之島弁財天は北西に約1.3㎞と比較的近い位置にあります。また、福之島弁財天の北約1.5kmには、第18回で紹介した大中の湖南遺跡の復元住居がありますし、南約900mには「彦根」の地名の由来になったといわれる活津彦根神社などもあります。
暖かくなったら、安土駅前でレンタサイクルを借りて、滋賀県立安土城考古博物館や安土城址だけでなく、これらの隠れた名所も訪れてみてはいかがでしょうか。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線安土駅下車、徒歩25分、自転車で10分
【自家用車】名神高速道路竜王ICから30分、駐車場有


より大きな地図で 新近江名所図絵 第1回~第50回 を表示

(小島 孝修)

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