記事を探す

新近江名所図会

新近江名所圖会 第79回 いにしえのベストロケーション-摺針峠

彦根市
彦根市鳥居本町
峠の入り口
峠の入り口

近江国、滋賀県は古代から今に至るまで日本列島の東西交通の要衝を占めています。それは、国道1号・8号・161号、東海道本線・湖西線、東海道新幹線、名神高速道路が今も通っていることからもわかります。
今回紹介するのは、古代から近世にかけて近江の東の入り口にあたる摺針峠です。場所は近世の中山道、鳥居本宿から500mほど北上したところで、平野の縁辺部を通っていた街道が右に大きく折れます。そこが峠の入り口になります。
現在の国道8号は、この峠に入らず米原駅前から平野の縁辺を通って番場・柏原に至りますが、中世~近世は入江内湖が山際まで迫り、足場の悪い土地が広がっていたため、それを迂回するため峠越えがメインルートでした。

おすすめPoint

峠からの眺望
峠からの眺望

摺針峠の名は、昔、諸国を修行して歩いていた青年僧が、途中挫折しそうになっているいときにこの峠を通りかかり、斧を石で摺って針にしようとしている老婆の姿にいましめられた故事にちなんで名付けられたといわれています。この青年僧は後の弘法大師と伝わっています。
この峠、京から東国に至る際には必ず通る峠で、中世には多くの歌が詠まれたところです。東国から来ると最初に琵琶湖を眺めることができる地点、反対に京から東国を目指しているのであれば、濃尾平野に入るまでしばらくは平野部に別れを告げる地点にあたります。
今は残念ながら、峠周辺には木が生い茂って眺望が開けていませんが、昔は180°眺望が開けて非常に眺めのよい場所だったようです。それは、元関白一条兼良が「すりはり峠を南へくたるとて、右にかえりみれば、筑夫島(筑生島)などかすかにみえて、遠望まなこをこらす」とその眺望をたたえたことからもうかがえます。そして一条兼良はここで
「南行数里下陽坡 西望平湖遠不波 孤島峻然何所似 瑠璃万頃一青螺」
という漢詩と
「旅衣ほころひぬれやすり針の峠にきてもぬふ人のなき」
という和歌を詠んでいます。
また、近世には江戸に向かう朝鮮通信使一行が、朝鮮人街道から中山道に入り摺針峠を越えるコースとっており、峠にあった望湖亭(堂)と称する茶屋で休憩をとることがあったようです。茶屋の座敷には寛延元年(1748)の通信使写字官・金啓升(キムケソン)による「望湖堂」と大書し「朝鮮国真狂」自署した扁額やこの峠から見た風情を詠んだ漢詩が残されていました。しかし、この望湖亭(堂)、残念ながら1991年の火災ですべて焼失してしまい建物の面影はありません。
わずかではありますが、今も琵琶湖とその後ろにそびえる比良山系を望むことができます。一条兼良が絶賛した竹生島までは木にさえぎられてみることができませんが、昔の人が感激をした眺望の一部を楽しむことができます。

周辺のおすすめ情報

摺針峠がある地域は、いつの時代も交通の要衝だったようで、「治部少(三成のこと)に過ぎたるもの二つあり 島の左近と佐和山の城」といわれた石田三成の居城、佐和山城があります。彦根城築造の際に、一部移築され廃城となり、山中に石垣が一部残るのみです。ハイキングコースとして整備されており、城跡を見学することができます。
また、最寄り駅になる近江鉄道の鳥居本駅は、「鉄道記念」事業の一環で実施された近畿の駅100選に認定された駅です。現在は無人駅となっていますが、建物は開業当時(昭和6年)のもので非常に趣があります。ぜひ、立ち寄ってみては。

アクセス

【公共交通機関】近江鉄道鳥居本駅下車北へ徒歩15分
【自家用車】名神高速道路彦根IC下車10分、駐車場なし


より大きな地図で 新近江名所図会 第51~100回 を表示

(堀 真人)

Page Top