新近江名所図会
新近江名所圖會 第447回 勢多駅家 ー近江国庁の玄関口・大津市堂ノ上遺跡ー
京阪電車石坂線の唐橋前駅で降りて東のほうに約200m歩くと、瀬田川に架かる橋が見えてきます。瀬田の唐橋です。この橋は古代には「勢多橋」と呼ばれていました。かつて「勢多橋を制する者は天下を制する」と言われたほど、古代から中世にかけての交通の要衝でした(画像1)。
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この唐橋を東に過ぎて橋本の商店街を抜けると、道の右手には住宅に囲まれた中にこんもりとした木々が見えます。そこは堂ノ上遺跡と呼ばれる遺跡で、小高い丘の上に営まれた古代の駅家(勢多駅家)の跡です。駅家とは都と地方を結ぶ官道に原則として約16㎞ごとに置かれた休憩施設のことです。駅家の遺構としては当初は東西26.1m、南北11.5mの溝(雨落ち溝)に囲まれた中に礎石立ちの建物の痕跡が確認されています。これが当初の正殿と考えられます。正殿の北には後殿、正殿の南東には脇殿が確認されています。その後、同じ場所に東西5間(約12.0m)、南北3間(約6.3m)の掘立柱建物に建て替えられて存続したようです(画像2)。

主な出土遺物としては、承和十一年六月(844年)の年号がスタンプされた瓦が見つかりました(画像3)。その他の遺物も確認すると堂ノ上遺跡は8世紀中頃から10世紀にかけて存続していたことがわかりました。

堂ノ上遺跡の南側からは道の痕跡(道の両側に掘られた溝の跡)が確認されています。これが古代の官道です。現在の唐橋から続く道ではなく約80m南の雲住寺から東へ延びる道がその痕跡だと考えられます。
道は瀬田川(西側)では古代の橋の橋脚の基礎が見つかった唐橋遺跡にあたります。唐橋遺跡は瀬田川の中にあるため見ることはできませんが、現在の唐橋が架かっている中洲の南端(約80m南)に位置しています。雲住寺から道を東へたどっていくと堂ノ上遺跡の南側で確認された道の跡につながることになります。
堂ノ上遺跡からさらに東方面へは住宅地などが建てられているため地図上では確認しにくいのですが、真東の方向にある中路遺跡でも道の痕跡が確認されています。中路遺跡からさらに東の青江遺跡では、近江国庁の中心部分(政庁跡)へと続く南北道が確認されています。この青江遺跡から進路を北にとれば近江国庁の南門跡にあたります。近江国庁の政庁跡は近江国の政治の中心であり、現在は国の史跡に指定されています(画像4)。国庁は築地塀に囲まれた正殿や後殿、東西の脇殿などがある区画を中心として東西にも築地塀に囲まれた区画があります。これらの区画では部分的ですが建物や回廊が復元されています。
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周辺の見どころ
唐橋から堂ノ上遺跡のある丘を過ぎると松林に囲まれた鳥居が見えてきます。近江国一宮と言われる建部大社の境内に入っていきます。社伝によれば建部大社は景行天皇四十六年に創建されたとされています。日本武尊を偲んで祀られたのが最初であると言われ、神崎郡建部郷(現在の東近江市五個荘伊野部付近)に建てられていました。
その後、天武天皇四年(675年)に現在の社地から約300m東に移されたと伝えられています。そして、建部公伊賀麿によって天平勝宝七年(755年)に今の場所に移されたとされています。伊賀麿は『続日本紀』天平神護二年(766年)条に滋賀郡(瀬田川西岸の大津市域)の軍団の長官であった人物です。建部大社が移された瀬田の地は、東に近江国庁があり西には勢多橋があり、南を官道が走るという交通や軍事面においての要衝です。
建部大社の主祭神は本殿に日本武尊、本殿相殿神に天照大神、権殿に大己貴命(=大国主命)などで、歴代の皇族や武士からの篤い信仰を受けていました。
参考文献
・滋賀県教育委員会1977『滋賀県埋蔵文化財調査年報 昭和50年度』堂ノ上遺跡発掘調査報告書
・滋賀県教育委員会2007『史跡 近江国庁跡 附惣山遺跡・青江遺跡 調査整備事業報告Ⅲ』
・滋賀県教育委員会、財団法人滋賀県文化財保護協会1992『唐橋遺跡』
・大津市教育委員会2015 大津市埋蔵文化財調査報告書90『堂ノ上遺跡発掘調査報告書』
・大津市教育委員会2008 大津市埋蔵文化財調査報告書45『近江国府関連遺跡発掘調査報告書Ⅲ―中路遺跡―』
・大津市教育委員会2006 大津市埋蔵文化財調査報告書41『近江国府関連遺跡発掘調査報告書Ⅱ―重要遺跡・青江遺跡の確認調査―』
・大津市教育委員会2009 大津市埋蔵文化財調査報告書48『近江国府関連遺跡発掘調査報告書Ⅴ―青江遺跡・中路遺跡―』
・平井美典2010 シリーズ「遺跡を学ぶ」『藤原仲麻呂がつくった壮麗な国庁』新泉社
・滋賀県埋蔵文化財センター2025 埋もれた文化財の話46『近江 陸のみち・湖のみち』
(三宅 弘 資料活用課)
★★★ 展覧会のお知らせ ★★★
滋賀県立安土城考古博物館 第72回企画展「秀吉の城」
当協会が指定管理者として運営している『滋賀県立安土城考古博物館』の企画展示のご紹介です。今回の企画展示では、大河ドラマでも話題の豊臣(羽柴)秀吉が関係した城について取り扱います。
秀吉は、近江で初めて城主となりました。本能寺の変の後、織田家の後継者争いに勝利し、天下人となってからも近江を重要視し、家臣たちにも城を築かせています。
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