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新近江名所図会

新近江名所圖會 第401回 ここが起点です!―瀬田の唐橋―

大津市

 過去に何度もこのコーナーで紹介され(第42回58回351回)少しベタかなと思いますが、あえて瀬田の唐橋を取り上げることとしました。

 瀬田の唐橋は古代には「勢多橋」と呼ばれ、『日本書紀』をはじめ古代だけでなく中世・近世と様々な文献資料にその名を残してきました。どうしてこのように名が知られるような著名な橋になったのでしょうか。それはこの橋が架けられた位置に理由があります。

 飛鳥時代を経て奈良時代になると日本の交通事情はそれまでとは大きく変化します。都から放射状に各地方へ向けて巨大な道路が建設されました。東海道や北陸道・山陽道といった現代でもなじみのある名前の道路です。その道路は、都と地方をいち早く結ぶために可能な限り直線で、路面幅も10m以上の規模をもって敷設されていたことがこれまでの研究や発掘の成果からわかってきており、その大きさには目をみはるものがあります。ここ近江には、東山道・東海道・北陸道といった都から東日本へ向かう三本の道路が通っていました。都から東日本へ向かうためにはここ近江を通らなければ到達できなかったのです。奈良時代の有力貴族、藤原武智麻呂の事績を著した「武智麻呂伝」に、近江国について「この地は、公私にわたって往来する道であり、東西両地域を結ぶ要衝の地である」と記され、近江が日本の東西交通にとって極めて重要な土地であったことがわかります。

写真1 俵藤太像

 その極めて重要な東山道・東海道の瀬田川渡河地点に架けられたのが勢多橋だったのです。京都府の宇治川に架かる宇治橋、淀川に架かる山崎橋とともに古代三橋と称されています。ちなみに、宇治橋は東山道・北陸道のルート上、山崎橋は山陽道のルート上に架けられた橋です。勢多橋は俵藤太(写真1)のムカデ退治や「急がば回れ」の語源にもかかわることでもひろく知られています。また、古代以来、数多くの戦の舞台ともなり、「勢多橋を制する者は天下を制す」とも言われてきました。

 この勢多橋(唐橋)ですが、瀬田川の川底に基礎部分が残っていて、発掘調査で見つかっています。現在の唐橋の下流約80mの位置から飛鳥時代に架けられた勢多橋の橋脚を据えた土台がみつかっています。また、そのすぐ北側からは奈良時代の土台、さらに北側では向きを斜めに変え二本の橋の痕跡が確認され、一本は平安時代末から鎌倉時代、もう一本はさらに時代がくだるものと推定されています。橋の痕跡が発掘調査で見つかること自体大変珍しいのですが、幾世代にもわたり何度も架け替えられ、その変遷が追えるという点では極めて稀有な存在なのです。

 瀬田の唐橋界隈は現在でも交通にとっては重要な場所であり、道路もよく混雑しています。時代は千何百年たとうが要衝ということには変わらないようです。そこで最後になりますが、新しいポイントを一つ紹介させていただきます。

写真2 ビワイチ出発地点 

 近年、「ビワイチ」というのがテレビなどでも頻繁に紹介されています。ご存じない方のために説明しますと、一言でいえば自転車で琵琶湖に沿って一周するというものです。このビワイチの起点が瀬田の唐橋の東詰にあるってご存じでした?(写真2)実際はどこからはじめてもよいのですが、ここに起点を設定したのは歴史的にみても地勢的にもやはりここなのでしょう。納得です。

周辺のおすすめ情報

 古代の勢多橋周辺には、「勢多津」と呼ばれた湊があったことや、市が設置されていたことが『正倉院文書』などからわかっています。勢多橋は陸上交通の要衝だけでなく、水上交通にもかかわり、その便の良さも手伝い市が立つなど多くの人で賑わう場所であったことでしょう。この市には「市司」と呼ばれる役人がいたことも確認されていて、公式に設置された市だったのです。

写真3 勢多城石碑

 唐橋の東詰を少し南へ歩くと、マンションが建っています。この場所は勢多城があった場所とされ、本能寺の変の折、城主であった山岡景隆は明智光秀の誘いを断り、勢多橋を焼き落としたことが知られています。現在はその面影はなく、石碑が立っているのみです(写真3)。また、この付近には「市ノ辺」という小字地名があり、さきにあげた古代の市の推定地となっています。周辺の発掘調査では奈良時代から平安時代の建物などが確認され、多量の土器をはじめ和同開珎や官人が着用した革帯に付けた帯金具などが出土しているようです。

唐橋周辺には、ほかにも俵藤太像や藤太を祀る竜宮秀郷社、松尾芭蕉の句碑、昭和51年の唐橋工事の際に川底より見つかった地蔵を安置したお堂など見所満載です。

 なお、ビワイチに出かける方は交通安全を心がけて、元気にこの出発地点に戻ってきましょう。それではお気をつけて行ってきてください。

アクセス

・京阪石坂線「唐橋前」駅から徒歩7分

・JR石山駅より帝産湖南交通バス「牧口」「田上車庫」「アルプス登山口」「ミホミュージアム」「龍谷大学」行、「橋本」下車すぐ                                                 

 (内田保之)

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