新近江名所図会
新近江名所圖會 第402回 比良山系最北端の有力山寺―高島市太山寺跡―
私がプライベートでの調査・研究フィールドのひとつとしているのが、琵琶湖西部にそびえる比良山系です。比良山系は大津市北部(旧志賀町域)から北に向かって琵琶湖沿いに細長く延びる山容で、主稜線の北側は高島市南端部付近で「Y」字状に分かれます。これまでに私の執筆した記事だけでも第164回、第195回、第250回、第313回で付近にある隠れた名所をご紹介しています。このうち、山系が「Y」字状に分かれた東側の先端付近に築かれた山寺が第164回で紹介した「長法寺」で、それに西側で対となる存在であったのが今回ご紹介する「太山寺(たいざんじ)」であったと私は考えています。
太山寺は高島市安曇川町田中字泰山寺に所在し、「高島七箇寺」のひとつとして知られます。太山寺が立地する泰山寺野丘陵には、西方浄土の信仰の対象とされる阿弥陀山(標高453.6m)があり、その南中腹から南方へ延びる尾根上にかつて繁栄した山寺の遺構が良好に残っています。遺跡内に至ると丘陵上の谷間の支尾根に立地しているため、平野部への眺望は得られないやや奥まった位置に築かれています(写真1)。
太山寺は既に廃寺となっており、沿革については断片的な資料ばかりで不明な点が多いのですが、伝承によれば創建は聖徳太子によるものと伝えられます。創建については現在のところ伝承に頼らざるを得ませんが、近隣の中野地区には太子信仰に関わる宗教美術品が伝わり、太山寺において太子信仰が盛行した時期があったとみられます。中世では比叡山延暦寺の末寺として発展したとされ、『葛川明王院史料』によると、中世において太山寺は葛川明王院(かつらがわみょうおういん)の頭役に入るなど、葛川修験の一道場として機能していたとされます。
◆おすすめポイント
見どころはかつて太山寺が大寺院であったことを想起させる寺院遺構が色濃く良好に残っているところです。参道に沿って造成された寺坊跡である平坦面(写真2)が尾根上に連なり、遺跡最奥に位置する平坦面では、礎石が残る本堂跡(写真3)をはじめとする複数の建物基壇を見ることができます。平坦面内には水を溜めていたと考えられる井戸跡(写真4)も残っています。また、城郭化された時期があったとみられ、平坦面を分断する堀切(写真5)などの城郭施設も築かれています。このように現在の地表面からもかつて繁栄した山寺の様相を垣間見ることができる遺構が、歴史を留めるタイムカプセルとして今日も山中に眠っています。
※太山寺跡へは登山道入り口からところどころに案内看板なども設置されており、ハイキングや軽登山装備で十分対応が可能ですが、ルートから外れてしまうと特徴がなく迷いやすい地形ですので、過信のない最低限の装備と地図等で下調べをしたうえで散策されることをお勧めします。
◆周辺のおすすめ情報
自家用車でお越しの場合、泰山寺野丘陵の東側の山裾を巡るかたちで、陵墓参考地である田中王塚古墳や玉泉寺(第237回)、田中城(第395回)もあわせて散策するルートがおすすめです。
(小林裕季)
◆アクセス
所在地:高島市安曇川町田中字泰山寺
アクセス:登山道入口から寺跡の主要部まで徒歩約30分
【公共交通】JR湖西線安曇川駅から江若(こうじゃく)バス〔朽木線〕「広瀬橋」バス停から登山道入口まで徒歩約30分。または予約乗合タクシー泰山寺線「中野太山寺」下車登山道入口まで徒歩5分。
※予約乗合タクシーはバス同様、あらかじめ定められた運行時刻、運行路線を電話予約によって運行し、事前に予約された乗降場所に停車します。各便始発時刻の30分前までに電話予約が必要です。(予約乗合タクシー連絡先:大津第一交通(株)℡0120-524-447または077-524-4000)詳しくは、高島市のホームページでバス時刻表などを参照してください。