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ガラスるつぼ

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調査員のおすすめの逸品 No.105 草津市中畑遺跡のガラスルツボ

草津市

草津市矢倉1丁目に所在する中畑(なかはた)遺跡は、草津川放水路(新草津川)の建設に伴って発掘調査が行われ、奈良・平安時代の建物や井戸などが数多く発見されました。建物には大型で立派な構造のものもあり、遺物も釉を施した高級陶器やまじないの道具など、特殊なものが多く出土しました。これらのことから、一般の農村集落ではなく、古代栗太郡の役人が居住したような公的な集落ではないかと考えられます。
平成2年(1990)末、8世紀後半に使われた井戸を掘っていた時でした。井戸の底近くまで掘り進むと、井戸を廃棄するときの祀りで使われた土器や木器が出土し始め、それらとともに銀色に輝く丸い遺物が顔を出しました。最初は金属製の玉かと思いましたが、全体を掘り出してみますと、直径9.6㎝・高さ13.5㎝の砲弾形の土製容器で、外面は格子目を刻んだ板で叩いて整形してありした。そして内部にはなめらかに溶けた銀色の付着物がついているので、鋳物をつくる時に鋳型に流し込む材料を溶かすために使われたルツボだということがわかりました。しかし、これまでに見たことがある鉄や銅を溶かしたルツボとは、付着物の色や質感が違っています。いったい何を溶かしたものだろうか? 色からすれば銀か? と思いました。

ガラスルツボ
ガラスルツボ
左側:外面には格子目状の叩き痕がみられます。
右側:内面には鮮やかな緑色のガラス付着物があります。

その後、気になってはいたものの、現場作業に追われていたこともあって、整理箱に入れたままにしていました。3か月ほどがたってから箱から取り出してみると、見つかった時には銀色だったのが、光沢のある鮮やかな緑色に変わっていてびっくりしました。これは、もともとは緑色の付着物であったのが、水分を多く含んだ土の中に深く長年埋まっていたために、還元作用で銀色に変色し、ふたたび外気に触れたことにより酸化してもとの緑色に戻った現象であることがわかりました。
ちょうどこの頃、当協会職員の勉強会で、奈良県明日香村にある飛鳥池遺跡の調査に関わったことがある技師が、その成果報告を行いました。飛鳥池遺跡は、金・銀・銅・鉄の金属加工、漆工、べっこう細工、屋根瓦生産、ガラス・水晶・琥珀を使った玉類の生産などを大がかりに行っていて、7世紀後半から8世紀初め頃にかけて営まれた国営の巨大な総合工房遺跡と考えられています。そこで使われていたガラスルツボが、中畑遺跡から見つかったルツボととてもよく似ていました。さっそく中畑遺跡出土ルツボの付着物について成分分析をしてもらったところ、鉛ガラスであることが判明しました。中畑遺跡のルツボは、金属ではなく、ガラスを溶解するためのものだったのです。
ガラスルツボは、飛鳥・藤原京・平城京など、当時の首都である大和の都城遺跡から集中して見つかっています。地方では、石川県寺家(じけ)遺跡での出土例があります。この遺跡は国家的祭祀を行った特殊な性格が考えられています。このように、ガラスを生産した遺跡は律令国家と深くかかわる性格をもつといえるのです。中畑遺跡についても、調査地の近くに官営のガラス工房が存在した可能性が高くなりました。
ガラスルツボという特殊な遺物に巡り会ったことはもちろん珍しい経験だったのですが、出土してからしばらくたって現れた緑の色彩は、鮮烈な印象として脳裏に焼き付けられ、20年以上経過した今も忘れることができません。
(平井美典)

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