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燭台

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調査員のおすすめの逸品 No.112 なぜこんな所から仏具が… ―鴨田遺跡出土の花瓶と燭台―

長浜市
燭台
(写真1)花瓶(左)と燭台(右)

今年も猛暑が続いていますが、そんな中、各家々では祖先の霊を祀るお盆を迎えられると思います。仏壇の中には、本尊に向かって左側に花瓶(花立)、中央に香炉、右側に燭台(灯立)の3つの仏具が置かれています。これを三具足(みつぐそく・さんぐそく)と言い、鎌倉時代末頃から禅宗を中心に整えられた仏具セットです。ちなみに、香炉を中心に燭台一対・花瓶一対をその外側に置いて左右対称の形になるものを五具足(ごぐそく)と言います。これらは、宗派にかかわらず欠かすことのできない仏具となっています。
そのような神聖な仏具が長浜市大辰巳町にある鴨田遺跡で出土しています(写真1)。平成5年度に長浜新川という河川改修工事に伴う発掘調査で出土しました。鴨田遺跡は、長浜平野の姉川の旧河道沿いにある微高地上に立地し、弥生時代から平安時代にわたる集落が営まれた複合遺跡です。
この調査では、15~16世紀の集落の屋敷地を区画する溝内から、50点余りの巡礼札が投棄された状態で出土しました。巡礼札からは、中央に「三十三所巡礼」と「聖」「僧」「俗」の身分を記す文字、右側に巡礼者の出身地(高嶋・美濃・摂津・播州)、左側に宝徳4年(1452年)の日付などをはっきりと読み取ることができます。出土遺物としては、全国で2番目に古い資料です(写真2)。

巡礼札
(写真2)巡礼札

このような集落の区画溝に隣接して掘られた穴から、銅製の燭台と花瓶が出土しました。燭台は下半の台部のみですが、高さ23.2㎝・底部径12.8㎝で、本来は上にろうそくを立てる部分が付くものです。花瓶は高さ19.6㎝・口縁部径16.8㎝・底部径11.4㎝で、口縁部が底部よりも大きく開いています。いずれも表面に装飾などはありません。表面は銅の腐食が若干みられますが、とても残りのよいものです。しかし、「鴨田」集落では、このような仏具や巡礼札を納めたと考えられる宗教施設は確認されていません。
ではなぜ、寺院でもないこの地で仏具や巡礼札が出土したのでしょう。周辺の歴史的環境を調べてみると、かつてこの地には「堂前神社」が鎮座し、「東堂前」という字名が残っていることがわかりました。一般的に、中世の集落には、「惣堂」「草堂」と呼ばれる空間があったとされています。これは村の寄り合いで建てられたお堂で、村人共有の空間であり、旅人や村の外の人も休んだり宿泊したりできる施設だったようです。このような環境を想定するなら、「鴨田」集落内にも共有の「堂」があり、北国街道などを利用して西国巡礼に訪れた巡礼者達が札を納札したものが、なんらかの理由で集落の区画溝内に紛れ込んだものなのでしょう。また、「堂」は仏堂としても祀られていて、そこに置かれた仏具が出土した燭台と花瓶なのではないでしょうか。
このような中世の信仰の一面を鑑みながら、お盆を迎えるにあたり、ご自宅の仏壇内の仏具、あるいはお寺の仏壇の仏具をゆっくりとご覧になってはいかがでしょうか。

(吉田秀則)

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