オススメの逸品
調査員オススメの逸品第161回 井の中の「魚」-甲賀市貴生川遺跡出土魚形水滴
今回紹介するのは「井の中の蛙」ならぬ「井の中の魚」です。まずは、出土した井戸について説明しましょう。
この井戸は、甲賀市水口町貴生川にある貴生川(きぶかわ)遺跡でみつかりました。貴生川遺跡では、戦国時代の半町(約50m)四方の城館があらたに確認され、井戸はその屋敷地の内部に掘られていました。直径約2.3mの大きな穴(掘方:ほりかた)を掘り、そのなかに川原石を丸く積み上げた石組み井戸です。石組みは直径約80㎝、その深さは約2.8mを測り、ちょうど成人女性がすっぽりしゃがみこめるくらいの大きさです(写真1)。「魚」は井戸の底から、釣瓶(つるべ)と考えられる桶の側板といっしょに出土しました。
「魚」は長さ約8㎝、幅が3.5㎝、最も高さがある尾びれ端で4.5㎝を測ります。全体に灰色の釉(うわぐすり)がかかっていて、釉が溜まった部分は淡緑色をしています。背びれは欠損しており、尾びれの付け根と口元に、別の土器が融着した痕跡が確認できます。目は円形の粘土を貼り付けることで、鱗は竹管を押し引くことで、エラや尾ヒレのスジはヘラ描きによってそれぞれ表現しています。背びれの脇と口には小さな孔があいています。空気孔と注ぎ口にあたることや、その大きさからみて、水滴(すいてき)であると考えました(写真2)。水滴とは、墨を磨るさいに硯にそそぐ水を入れておくための容器です。さまざまな生き物をモデルとした例が中近世遺跡から出土します。
この「魚」形の水滴、なかなかユーモラスな顔(?)をしていると思いませんか。丸っとしたくりくりおめめに、ちょっと厚ぼったいくちびる、ほのぼのとした雰囲気を漂わせています。あわせて出土したときの顛末を触れておきましょう。
昨年の初夏の頃、井戸の掘削をお願いしていた調査補助員さんが「井戸の底から魚が出ました!!」と、離れた場所で仕事をしていた私を呼びました。“確かに井戸の底では地下水が湧いているし、魚が泳いでいてもおかしくないな”という考えが一瞬頭をよぎりましたが、“いやいや井戸に蛙(それもないけど・・・)ならまだしも、魚がいるわけないでしょう”と思い直しました。そして、補助員さんが持って来たのがこの「魚」です。この「魚」なら納得です。
また、後日談ですが、この「魚」形水滴を職場で観察していたところ、某上司が「あっ!これと似たものをみたことがある」という話になり、後日わざわざ持参して見せてくれたのが写真の「魚」?です(写真3)。これは上司の御子息が小学生のときに作った置物とのこと。こちらも負けず劣らず、愛嬌のある「魚」?です。ある意味そっくりかも、といわせる逸品です。
「井の中の蛙」ならぬ「井の中の魚」、そして「瓢箪から駒」ではなく「瓢箪から魚」の逸品にまつわる話でした。
(堀 真人)