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新近江名所図会

新近江名所圖会第203回 消えゆくムラの人の姿-高時川上流の廃村群-

長浜市
写真1 清流・高時川
写真1 清流・高時川
写真2 現在の小原
写真2 現在の小原
写真3 現在の田戸
写真3 現在の田戸
写真4 現在の鷲見
写真4 現在の鷲見
写真5 カヤックを楽しむ人たち
写真5 カヤックを楽しむ人たち

発掘調査で見つかるムラ。縄文時代・弥生時代・古墳時代・奈良時代・平安時代・鎌倉時代・室町時代・江戸時代、それぞれの時代にムラが栄え、やがて消えていきました。ムラが消えていくのは、それぞれの時代で何らかの大事な理由があったからなのですが、はっきりと分からないことが多いのです。
今から35年程前、高時川(写真1)上流域にダム建設の計画が立ち上げられ、これに伴い小原・田戸・奥川並・鷲見・尾羽梨・針川・半明の7地区が水没することとなりました。私は平成5年度に今の職場に就職したのですが、当時からこのダムの発掘調査の話しがささやかれておりました。「もしかして若い内は遠い現場に行かされるのでは?」などと勝手に思い、『滋賀県遺跡地図』を片手に何度か水没地区の遺跡を見に行ったりしました。「行け、という命令が出たらどうしよう」と不安に思う一方で、「いろんなところに行けてちょっと楽しいかも」などと思ったりもしました。結局、本格的な発掘調査は行われなかったのですが、何度かムラに訪れたときの思い出を、この場を借りてお話させてください。なお、今回載せている写真は、平成27年5月に訪れた際の写真で、平成7年~8年に訪れたときの写真は引っ越しのときなどに行方不明となり、残念ながらお見せできません。また探しておきます。
【平成7年~8年の様子】
平成7年、遺跡地図を片手に水没地区へ行ってみました。国道365号を右折し、赤子山スキー場を右手に見ながら丹生の谷へと降りていきました。明るい谷間には下丹生の集落が高時川沿いに営まれ、明るい川沿いの集落の景色がみられました。下丹生を過ぎると山裾に展開する水田の景色が続き、やがて菅並の集落が現れました。水没地区はここよりさらに上流域にあり、道はどんどん狭くなっていきました。「対向車が来たらどうしよう」と不安だったことを覚えています。道幅が狭いうえに、曲がりくねって見通しの悪い山道を北上すると、道路左手の山裾に小さな集落が現れました。「小原」の集落です。小原を過ぎ、さらに北上すると右手に「田戸」の集落が現れました。家は数件でしたが、集落の真ん中あたりに集会場と書かれた小さな建物があったと思います。
田戸からさらに北上すると、左手に開けた谷が見え、谷川の両岸に整然と家が建ち並ぶ集落が現れました。それが「鷲見」の集落です。小原・田戸の場合は山麓の地形に制約された建物配置でしたが、鷲見の建物配置は条里地割を思わせるほど整然としたものでした。
翌年の平成8年、再び水没地区へ向かいました。狭路を恐る恐る走るのがイヤだったので、今度はオートバイで行きました。電線は断線され、数件あった家々は姿を消しつつありました。しばらく来ないうちに、離村が進んでいたのです。小原だったか田戸だったかは忘れましたが、まだ1・2件の家が残っており、庭先で木材やゴミを燃やしている人がいました。泣いているわけでもなく、笑っているわけでもなく、ただ炎を見つめていた姿が記憶に残っています。特別に愛着があったわけでもないのですが、なぜかウルウルしてしまいました。なんともいえない寂しい光景でした。
【約20年後に再訪】
平成27年5月、20年ぶりに自転車仲間と訪れました。ダム堰堤の予定地だった小原集落の手前までは2車線幅の道が整備され、20年前とは全く違う景色となり、「小原」の標示看板がなければ見逃してしまいそうでした(写真2)。家の敷地の石積みなどが残ってはいましたが、樹木は生長し、雑草が生い茂り、自然に帰りつつありました。
田戸の集落は以前の面影はなく、そこが集落であったことすら分からない状態でした(写真3)。奥川並へ行く林道が対岸の山を巻くように延びていましたが、記憶にある景色とはどこか違っていました。
鷲見は集落の象徴でもある鷲見川が残るのみで、家が建ち並んでいたところは雑草だらけの空き地でした(写真4)。川に架かる数本の橋も朽ちかけていました。
鷲見からさらに北上して半明などに行こうとしましたが、道路崩落のため通行止め(はたして、修繕されることがあるのだろうか??)。
すっかり寂しくなった高時川上流の村々ですが、きれいな渓流には釣りやカヤックを楽しむ人たちがいました(写真5)。
ムラが消えるという現象は大昔の話しではありません。今現在も起こっていることです。自分が生まれ育った故郷がなくなってしまうことの辛さは今も昔も同じはず。20年前に離村間際の田戸の集落で見た、庭先で木材やゴミを燃やしながら、ただ炎を見つめていた人の姿は、今も大昔も変わらないのではないでしょうか。
(重田 勉)
【アクセス】
北陸縦貫自動車道木之元インターチェンジから国道365号・県道264号経由で20㎞(鷲見)。余呉バス丹生線 菅並下車約7㎞(鷲見)

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