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調査員のおすすめの逸品 №296 縄文人の秋の味覚・クリー大津市粟津湖底遺跡出土クリ

大津市
写真1:粟津湖底遺跡(南上空より/滋賀県大津市)
写真1:粟津湖底遺跡(南上空より/滋賀県大津市)

秋の味覚の代表といえば、クリ。この季節になると、コンビニのデザートコーナーもクリフェアーが開催されています。鋭いトゲをもつ外皮からのぞくツヤツヤとした茶色の果皮に、その果皮に包まれた種子の部分(私たちが食べるのはこの部分)、様々な食べ物に加工されて私たちの五感を刺激します。
琵琶湖の南端に位置する粟津湖底遺跡からはたくさんのクリが見つかっています。調査の結果、およそ一万年前に暮らしていた縄文人たちもこのクリを食用としていたことが明らかになりました。同遺跡は、縄文時代早期のクリ塚や自然流路、中期の貝塚を中心とする遺跡です(調査員のおすすめの逸品第288回参照)。湖底に眠っていたこの遺跡は、豊富な湖水にパックされて、通常の遺跡では残りにくい植物質の遺存体が多量にみつかりました。
クリ塚は自然流路の南岸にあり、クリの果皮が厚く堆積していました。果皮はほぼ破損した状態のものが8千個体分以上みつかったのですが、通常自然落下の場合にみられる外皮が全くなく、未成熟な果実もほとんどありませんでした。クリ果皮のみがまとまって大量に出土し、その大半が破損していること、種子が炭化した状態で比較的多く出土することなどから、出土クリの果皮は人が食用にした残滓であることが明らかになったのです。
クリは、アク抜きなど複雑な処理をする必要がなく、食料として利用しやすい木の実といえます。現代でも秋の味覚として我々を楽しませてくれ、およそ1万年前にもクリ塚が形成されるほど利用される貴重で有用な食糧でした。ただ、果実の大きさは現代に店頭で販売されている大粒の栽培品種である“丹波栗”などに比べるとかなり小さく、出土クリは長さ・幅とも13~16㎜です。この大きさは“シバグリ”“ヤマグリ”などといわれる野生のものとあまり変わらない大きさです。

写真2:植物遺体の堆積(粟津湖底遺跡)
写真2:植物遺体の堆積(粟津湖底遺跡)

ちなみに、クリの果実は下草刈りなど人為的関与によって大型化することが知られています。例えば、三内丸山遺跡(青森県/縄文時代前期)で出土クリのDNAの多様性が野生のものよりはるかに小さく、強い選別を受けていたことが明らかにされ、またそれが栽培によるものであると考えられています。しかし、粟津湖底遺跡のクリ塚出土のクリについては積極的な栽培化は進んでいなかったようです。中期の貝塚からみつかったクリは長さ17~22㎜、幅19~24㎜程度で、幅が25㎜以上の破片もあり、野生のものより幾分大きいように思われます。現代に至るまでに、野生種の利用からどのようにして栽培品種化が起こったのでしょうか。まだまだ、わからないことが多いのが実情です。
出土クリは、採集と栽培、そして人と有用植物との関係、縄文人の生活を、改めて我々に考えさせてくれる逸品です。(中川治美)

写真3:クリ果実(粟津湖底遺跡出土)
写真3:クリ果実(粟津湖底遺跡出土)

≪参考文献≫
〇滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会1997『粟津湖底遺跡 第3貝塚』
〇滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会2000『粟津湖底遺跡 自然流路』

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