オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 No.34 赤い骸骨-宇佐山古墳群出土-
箱式石棺の蓋石を1枚ずつ開けていくと、西端にあった蓋石の下から頭蓋骨が出土しました。発掘調査では、むかしの人々が使った住居などといった生活の痕跡が見つかったり、土器や石器などといった生活道具が出土したりしますが、実際それを使った人がわかることはほとんどありません。お墓のような遺構であっても、本来いるべきはずの葬られた人は跡かたもなく無くなっていることがほとんどです。
そのようなこともあって、石棺内側とおなじく真っ赤な色をした頭蓋骨が現れたとき、その場にいたみんなから「おー」、「すごい」などの興奮した声があがりました。宇佐山古墳群は大津市神宮町に所在する遺跡です。頭骸骨はこの遺跡で新たに見つかった13基目の古墳から出土しました。
古墳時代中期前半(約1600年前)に造られた13号墳は、琵琶湖を見下ろす標高157mに作られています。墳丘はほとんど残っていませんでしたが、尾根を簡単に成形し小規模なマウンドが造られていたと考えられます。
墳丘の中央に設けられた埋葬施設には、3m×2mの墓坑(棺を納めるための穴)に粘土で密封された箱式石棺が納められていました。箱式石棺は日本海沿岸(山陰・丹後)に多く分布しますが、県内では確認例が少なく、同時期では打下(うちおろし)古墳(高島市)があるのみです。
石棺は内法で長さ158㎝、幅24~36㎝、高さ30㎝の規模があり、4枚の石材で蓋をしていました。石材の大きさは様々ですが、頭側は大きな側石を使い、四角く加工した蓋石を置くことから、丁寧に作ったことが窺えます。石棺の内面や蓋石の裏側にまでべったりと塗られていた真っ赤な色は、朱もしくはベンガラで、「魔よけ」などの意味があったと考えられています。
副葬品は、被葬者の左足側にあたる棺外から、鉄器(刀剣・鏃・斧)や砥石が出土しています。調査でわかった埋葬の手順から、これらは石棺の蓋を閉めたあとで供えられました。
この古墳に葬られていた人は、古人骨に詳しい片山一道京都大学名誉教授に鑑定していただいたところ、20~40代の男性であることがわかりました。頭蓋骨の位置や石棺の規模から仰向けで足を伸ばした状態で埋葬されたと判断され、身長は石棺より少しひとまわり小さい155㎝程度であったと推測されます。当時の平均身長である162㎝よりやや低く、小柄な人物であったとみられます。
古墳の規模は小さいものの、赤色顔料を塗り粘土で密封された石棺に葬られ、副葬品として鉄器などが供えられていたことから、この人物は地域の有力者であったとみられます。古墳から見下ろせる、琵琶湖のほとりに営まれた集落を治めた人物で、箱式石棺に埋葬されていることから、日本海沿岸地域に関わりを持つ人物であったのかもしれません。
「頭骸骨以外の骨は?」とよく質問されます。上あごの近くからボロボロになった下あごの臼歯が2点出土したのみで、残念ながらその他の骨は、隙間から入った土によって分解されなくなっていました。わずかな差で奇跡的に残っていた頭蓋骨は、まさに逸品と言えるでしょう。
(中村智孝)