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調査員のおすすめの逸品№360 これで掘れるのか?―曲柄鍬―

草津市守山市
写真1 曲柄鍬(守山市赤野井湾遺跡出土) 

 滋賀県では、木製の遺物が多く出土します。木材は酸素と水分がともに豊富だと腐食して消滅してしまいますが、どちらかが断たれると腐らずに残存します。琵琶湖を擁し地下水位の高い滋賀県では、埋没した木製品が水分を多量に含む粘土にパックされて酸素が断たれた状態になり、現在にまで残って出土するのです。

 ただ、土器や石器に比べると、木製品の研究はどうしても遅れがちになります。その理由は、出土した木製品の用途がわからないことがしばしばあるからです。例えば板と角材がいくつか出土したとして、それは棚だったかもしれないし、机だったかもしれません。一方、とても特徴的な姿をしているにも関わらず、現在において似たものが存在しないために用途がわからないものもあります。

写真2 曲柄鍬(草津市柳遺跡出土)

 稲作は、中国や朝鮮半島で技術的に確立されてから日本列島にもたらされたと考えられているため、用いられる農具も現在の目で見て用途がある程度想定できるものがほとんどですが、中には用途の想定に困るものがあります。実際、数十年前に当協会に就職して木製品の整理を担当することになったとき、用途がわからないものが想像以上にたくさんあって、途方に暮れたものです。

  今回はそういったものの中から、「曲柄鍬」(まがりえくわ)と呼ばれるものをご紹介します。

 平面形の姿は写真1のようなものです。まるでナスビを縦に切ったような形なので、「ナスビ形鍬」と呼ぶこともあります。材質はほとんどの場合アカガシ亜属で、大きいものだと長さ60㎝を超えるものもあります。厚さは厚いものだと2~3㎝ですが、1㎝前後の薄いものが多くみられます。滋賀県では弥生時代の終わり頃から古墳時代前期にかけて出土します。断面は、ナスビの胴体にあたる部分は両面が平らですが、ナスビのヘタにあたる部分はかまぼこ状になっています。胴体部分は写真のような二又のもの以外にも、三又や又になっていない笏のような形状のもの(写真2)もあります。

 発見された当初は、用途がまったく想定できませんでした。そのうち、この鍬と一緒に出土した柄の例から、ナスビのヘタにあたる部分は柄と結びつけるための装置(図1)であるとわかりましたが、装着方向については出土例から判明するまで確証が得られませんでした。

写真3 曲柄

現在では出土事例の増加と研究の進展から、曲がった柄(写真3)と組み合わせる農具で、側面からみるとひらがなの「て」のような姿になること(図2)、弥生時代中期に東海地方で出現すること、その後古墳時代前期にかけて主に西日本に広がり、その過程で大型化するとともにナスビのヘタ部分が発達すること、胴部の最大幅が中央付近から刃先方向に移っていくこと、古墳時代中期以降は先端に鉄の刃先を装着するようになるが、古墳時代後期にはほぼ消滅すること、などがわかってきています。

図1 曲柄鍬固定方法

 ただ、これが「鍬」、すなわち地面を掘り起こすための道具なのかという点については、いまだに疑問を呈されることがあります。今のところ「鍬」としている最大の根拠は、大半がアカガシ亜属で製作されていることにあります。木製品の出土が多い地域でも、特に滋賀県は、スギ・ヒノキで大半の木製品を製作する傾向があるのですが、こと鍬・鋤に関してだけは90%以上がアカガシ亜属で製作されています。これは他地域でも同様で、やはり鍬・鋤、そして「曲柄鍬」はほぼアカガシ亜属やこれに準じる硬くて重い広葉樹で製作されます。その徹底ぶりからみると、アカガシ亜属で製作されるこの「曲柄鍬」は土を掘る道具である可能性が高く、「て」字形の形状から振りかぶって振り下ろす使い方が想定されることから、「鍬」の可能性が高い、と考えられています。

図2 曲柄鍬の姿

 けれど、「鍬」だとすると刃部が長すぎて不安定であることは否めません。それに薄いため、これを直接地面に打ち込んで使うことができるのか、という疑問も残ります。その説明として、掘り起こした土塊を細かく砕くのに使った、という説明がされていますが、そのためだけにこんな道具をわざわざ作り、しかも広範囲に広がるほど流行するというのは不思議に思えますし、そもそも中国や朝鮮半島から稲作が日本に伝来した時点の初期農耕で用いられていたとみられる農具の中には、この形のものはありません。となると、日本の風土における農作業で必要だったと考えられますが、ならばその後に消滅する理由がわかりません。大きく薄くなる段階のものは、実用ではなく農耕儀礼に伴うものだったのかもしれません。

 このように、現在ではある程度研究が進展して用途が想定されているとはいえ、いまだに検討する余地がある資料が多いというのが、木製品研究の現状です。この「曲柄鍬」は、木製品の世界の奥深さの一端を伝える逸品といえるのではないでしょうか。

(阿刀弘史)

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