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聖衆来迎寺境内

新近江名所図会

新近江名所圖会 第114回 坂本城櫓門を移築した表門 -聖衆来迎寺-

大津市
(大津市比叡辻)
聖衆来迎寺境内
聖衆来迎寺境内

大津市の坂本周辺には、坂本城主の明智光秀ゆかりの地が点在していて、比叡辻にある聖衆来迎寺もそのひとつです。境内には、重要文化財の寛永16年(1639)建立の客殿や滋賀県指定有形文化財の本堂・開山堂などが建ち並び、江戸時代の歴史的景観がよく残っています。また、寺は国宝の絹本著色六道絵(鎌倉時代)をはじめとした多くの国宝や重要文化財を所蔵しており、「比叡山の正倉院」とも呼ばれていて、毎年8月16日の虫干会で寺宝が公開されています。
伝教大師最澄が延暦9年(790)に自刻の地蔵菩薩を本尊とした地蔵教院を建てたのがこの寺の起こりで、その後、比叡山の高僧、恵心僧都源信がここで念仏修行した時に、紫雲の中に阿弥陀聖衆の来迎を感じ悟ったことから、紫雲山聖衆来迎寺を寺名としたと伝えられています。

おすすめポイントその1

聖衆来迎寺表門
聖衆来迎寺表門

境内の東端にある表門は、建築部材の風蝕や様式などから16世紀後期の建立と推定される切妻造・本瓦葺きの薬医門で、滋賀県指定有形文化財に指定されています。明智光秀の遺言によって坂本城の城門が移築されたといわれるこの門については、これまでその実態は不明でしたが、平成21年から平成24年にかけて実施された保存修理の際に、滋賀県教育委員会によって詳細な調査が行われました。
保存修理は、屋根瓦から基礎まで、建物全てを一旦解体し、各部材を修理して再び組み直す作業で、その過程に行われた部材の調査から様々なことが判ったようです。

そのひとつは、親柱の上部に渡した冠木(かぶき)と呼ばれる部材の上面に、現状では使われていない枘穴(どつあな)や板をはめた溝があり、またその冠木の両端が切断されていたことから、この部材は現在の表門より幅が広く、冠木の上に板をはめた形式の建物であり、城門として建てられた櫓(やぐら)門の部材が転用された可能性があることです。また、冠木や親柱などの古い部材に残っていた鉋(かんな)の刃の痕跡の特徴から、15世紀中頃から17世紀前期にかけての大工道具で加工された部材であることも判りました。

表門冠木
表門冠木

このような建物の調査の結果から、表門はこの寺を庇護した明智光秀が築いた坂本城の城門が、天正14年(1586)頃に構造形式を薬医門(入口側に2本、内側に2本、計4本の柱で屋根を支える構造の門)に変更して移築された可能性が高いことが、改めて確認されたのでした。
坂本城の遺構は、琵琶湖岸の湖中に石垣の一部が残るものの、その大半は失われていて、聖衆来迎寺の表門は現存する城の遺構として貴重です。また、滋賀県内にはこのほかに、彦根城の天秤櫓や太鼓門、膳所神社表門や篠津神社表門など5棟の城門が残っています。この門はその中で最も古く、移築によって櫓門としての構造は変更されてはいるものの、天正年間の城門の部材が残る価値の高い建造物だと言えます。
現在、表門は保存修理を終え、移築された当時の姿に蘇っています。

おすすめポイントその2

森可成墓
森可成墓

境内の一角には、織田信長の家臣であった森可成の墓があります。
森可成は早くから織田家に仕えていた重臣で、元亀元(1570)年に宇佐山城を現在の大津市南滋賀町に築き、京を目指して南下してきた浅井・朝倉連合軍を坂本付近で迎え撃ちました。この時、朝倉方は3万騎、森方は2、3千騎と言われ、延暦寺も浅井方に加勢する中、森方は敗退し、可成は聖衆来迎寺付近で討ち死にしますが、当時の住職、真雄上人は夜陰にその亡骸を寺に運び、葬ったのがこの墓だということです。元亀2年(1571)、信長の比叡山焼き討ちにより坂本一帯が灰燼に帰した際、可成を弔ったこの寺はそれを理由に焼き討ちを免れたと伝えられています。後に、明智光秀が銅鐘等を寄進するなどしてこの寺を庇護し、坂本城の城門が表門として移築された背景には、こういったことも関わっているのかもしれません。

周辺のおすすめ情報

西近江路
西近江路

聖衆来迎寺の表門を出て国道161号を渡って東に進むと、南北方向の道に交わります。この南北道が都と北陸方面とをつないだ西近江路(北国街道)で、辻には寛政8年(1796)建立の石碑が建っています。ここから約1.5㎞南に東南寺があり、その周辺が坂本城跡です。比叡辻から下阪本を貫く西近江路には、江戸時代に遡る切妻造瓦葺の民家も一部に残っていて、いにしえの風情も感じられる街道筋です。坂本城跡を南に下がった湖岸には、日吉大社の山王祭の船渡御の際に、御輿が出発する七本柳の山王鳥居があり、門前ならではの景観も見ることができます。

東南寺
東南寺
七本柳(山王鳥居)
七本柳(山王鳥居)
七本柳(山王祭船渡御)
七本柳(山王祭船渡御)

アクセス

【公共交通機関】JR湖西線比叡山坂本駅から徒歩約900m。または江若交通バス「来迎寺鐘化前」下車すぐ。
【自家用車】国道161号比叡辻交差点すぐ。


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(大﨑哲人)

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