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新近江名所図会

新近江名所圖会 第193回 熊野紀行(2) ―熊野の滝

日野町

近江八幡駅からバスで延々1時間、蒲生野・木村古墳群をぬけ、日野の町中を過ぎ、中野城の付近を通り、近江鉄道バスは終点北畑口に着きました。親切にバスの時刻表までくれた運転手さんともここでお別れです。
北畑口のバス停は待合室もトイレもなく、近くに二軒ほど民家がある以外に周りには何もありません。バス停には簡単な屋根囲いがあるので、雨はかろうじてしのげます。車道を挟んだ向かい側の綿向山へのガイドマップ看板を眺めたりしながら、熊野行きのバスを待ちます。ほぼ時刻通りに来た小さな町営バスに乗り込むと、車内には2~3人の地元の方とおぼしき先客がおられました。
蔵王ダムの脇を通り、バスはどんどん標高をあげていき、車窓には刈り取り終わった棚田が見え隠れします。こんな山の中なのに、と思う間にもバスはひたすら山の奥へ進み、ひょこっと開けたところへ出ました。熊野の集落です。
神社前のバス停で降りると、山の中のどこか遠くで伐採作業をする音が聞こえるだけの静かなところです。静まりかえった村の中をウロウロと、ヒダリマキガヤを探し観察しました(第191回)。せっかくここまで来たので、熊野神社の奥の院ともいうべき「熊野の滝」を目指すことにします。
近江の国の奥深くまで訪ね歩いた随筆家・白洲正子はこの熊野にまで足をのばしています。『近江山河抄』の「あかねさす 紫野」の中で、熊野のことを「…わずか十軒ぐらいの小さな山村だが、静寂そのものの環境は、心の底まで浄められる思いがする」と表現していますが、まさにそのとおりの場所でした。そして,「その山中には、[熊野の滝]もあると聞いたが、行ってみることは出来なかった」としるした滝を今回ご紹介しましょう。

ありし日の熊野の滝
ありし日の熊野の滝

熊野の集落より約1㎞ほど谷筋を遡ると、滝谷にかかる滝に行き着きます。高さ約10mにおよぶこの「熊野の滝」は、古来より神の滝として崇められ、現在も熊野の里人によって毎年9月8日に「お滝祭り」が厳修されています。
平安時代頃から、神体山である綿向山で活躍した修験者達が紀州熊野の熊野大権現を遷して熊野神社を創建し、那智の滝に擬して傍らに不動明王を勧請し、この滝を神瀑として信仰したものと考えられます。また,この渓流にはサンショウウオが生息しているとも聞きました。
数年前に訪れたときは、雪が山道に残っていて、雪道に不慣れな私はたいへんな思いをしましたが、たどり着いた滝は美しく水しぶきをあげて落ちていました。いつかまた雪の無いときに来たいと思っていたところ、先年の台風の影響で、今は滝は形を成していないうえ、道も通行困難とのこと。しかし、とりあえず行ってみることにしました。

現在の熊野の滝
現在の熊野の滝

神社の社務所の横の道に入り、[山の神]がお祀りしてある岩の前をすぎ、谷沿いに山道を進みます。観音めぐりの仏様がところどころありますが、崩落している場所もあり、仏様が転がっていたりします。もともと幅が狭い道なので、自分も転がり落ちないように気をつけて進みます。結構通りにくい箇所もあるけれども、地元の方達のご尽力で補修がされています。堰堤の石垣の上を歩いて川を渡ると、もうじきです。滝に行き着く手前に一間ほどの祠があり、扉の奧には何かがお祀りしてあります。滝の説明板からすると、祠の主は不動明王でしょうか。
やっとたどり着いた滝は,たしかに見る影もありませんでした。滝を構成していた岩の一部が崩れ落ち、その大きな岩がガラガラと滝壺の大半を埋めているような状況で、かつて滝があったところは虚ろな岩の割れ目が見えています。上から落ちていた水は、見えない岩の隙間を通って川へ落ちているらしく、かつての滝の割れ目の下のほうにわずかにしたたり落ちる水の流れが滝の名残をとどめるのみです。滝壺を埋める岩の上をよじ登り、かつての滝があった岸壁付近を観察しましたが、わずかにしたたる水に手を触れられただけでした。しかし、川の流れが途絶えたわけではなく、素敵な滝は見られなくなったものの、蕩々と流れる谷川の水に感謝しながら滝をあとにしました。

金峯神社
金峯神社

帰りのバスの時間が迫っているので、あまりゆっくりしていられません。ロープにつかまってよじ登ったりするところもありますので、滑って転けないように注意しながら道を急ぎます。神社まで無事に戻り、ようやくほっとしました。
熊野からの帰り道、南蔵王の停留所でバスを降り、金峯神社に向かいます。 神社は国道477号の北側に面しており、蔵王の集落側からは、 国道を横断する地下道を通ってお詣りできるようになっています。
金峯神社本殿のご神体は蔵王権現像です。中世に綿向山を中心に活躍した吉野山系の修験者たちが奈良吉野の金峯神社をこの地に勧請し、この村に修験の本拠を置いて信仰したものと考えられます。村の名「蔵王」もそれに由来するようです。戦国時代には兵火によって権現社炎上という記録があり、当時は相当広い社屋があったものと考えられます。境内の玉垣をめぐらした桜の木は「蒲桜(かばざくら)」といい、北条時頼(ときより)の歌碑が樹のそばに建っています。桜の木も吉野とのつながりを示すのでしょう。
(小竹志織)

【アクセス】
JR近江八幡駅南口から近江鉄道バス日八線 「北畑口」下車。
「北畑口」から日野町営バス平子西明寺線に乗り換え、 「熊野神社」下車すぐ。
熊野の滝へは、熊野神社から徒歩約30分。
*現在熊野の滝は、2013年秋の大雨などの影響で滝右岸が崩壊したため、滝は原形を崩し、立ち寄れない状況です。また、熊野集落からの滝道にも崩落箇所があり、通行困難ですが、十分な準備のうえ山歩きの覚悟で行けば大丈夫です。しかし、観光気分では行けませんので、そのつもりでお出かけください。(2014年12月現在)

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