新近江名所図会
新近江名所圖會 第355回 やっと拝観できた山上の本堂―近江八幡市桑實寺
近江八幡市安土町にある滋賀県立安土城考古博物館に通勤するようになって、1年と4か月。しかしその間、JR琵琶湖線安土駅と博物館を自転車で往復するばかりで、安土町内の史跡・名所をまったく見られていないことに、ずっと不完全燃焼の思いが募っていました。そこで、夏のある暑い日、思い立って休みを取り、安土町内の史跡・名所を自転車で回ってみることにしました。朝、いつもと同じ時間に安土駅のホームに降り立ち、まずは活津彦根(いくつひこね)神社(第284回参照)へ。そして安土山の南麓を通って博物館を通り過ぎ、今回紹介する桑實寺へと行きました。
桑實寺(くわのみでら)は繖山(きぬがさやま)の西麓にあり、西国薬師霊場第四十六番札所である天台宗寺院です。7世紀後半頃に、天智天皇の勅願によって創建されたと伝えられています(寺伝ではこれを白鳳6年としています)。山の古代巨岩信仰と薬師如来の信仰とが結びついて、衆生(しゅじょう:生きとし生けるもの)の病苦を治す霊場と考えられてきました。初代住職が中国留学の際、桑の実を持ち帰ったことから、この寺名が起こったと伝えられています。
本堂が重要文化財に指定されており、また職場のすぐ近くにあることから、ずっと訪れたいと思っていた場所の1つでした。麓に自転車を止めたのが8時30分、そこからひたすら石段を登っていくことになります。まもなく山門が現れますが、まだまだ山登りのほんの始まりでした(写真1)。そこからさらに石段を登っていくと、地蔵堂という小さなお堂が現れました(写真2)。
ここまでかなり登ってきた達成感と疲労感があったので、インターネットで自分の位置を確認すると、まだ半分も来ていません。そこからさらに石段を登っていきます。古い石段は広い歩幅にしなければなりませんし、また石がぐらついて不安定なところもあります。一歩一歩踏みしめながらひたすら登っていくと、ようやく前方が開けてきて、目的地は目の前です。この辺りになりますと、石段の山側にはたくさんの石垣が現れ、かつてはたくさんの坊があったことが偲ばれます(写真3)。
約20分かけて石段を登り切り、到着したときには息が切れてぐったりとしてしまいました。あとで確認すると、石段はおよそ650段、距離にして500mくらいのようです。拝観は公式には9時からとなっていますが、早めについた私を快く迎え入れていただきました。息を整えたのち、本堂に入りました。
◆おすすめPoint
桑實寺のおすすめは、なんといっても重要文化財に指定されている本堂です(写真4)。室町時代前期の建立とされる入母屋造りの檜皮葺(ひわだぶき)で、間口5間・奥行6間の建物です。昭和期末に解体・修復工事を行っているため、古めかしさは感じますが、きちんと整備されている印象を受けます。本堂の中には本尊の薬師如来のほかにも、大日如来や不動明王などたくさんの仏像が祀られていて、かなり近寄って拝観することも可能です。私は、汗が引くまでの間を本堂の中で過ごさせてもらい、いつもとは違う非日常の空間を、しばらく堪能することができました。
桑實寺にはもう1つの重要文化財『桑実寺縁起絵巻』上下2巻があります。室町幕府第12代将軍足利義晴(よしはる)の発願(ほつがん)で、宮廷絵所預(えどころあずかり)土佐光茂(とさみつもち)が描いたものです。奥書や周辺の記録から、制作年や発願者、絵と詞の執筆者もわかる貴重な絵巻物です。もちろんその時に実物は見学できませんでしたが、後日それがかないました。当協会事務局がある大津市瀬田の滋賀県埋蔵文化財センターの近くにあり、令和3年6月にリニューアルオープンした滋賀県立美術館のコレクション展「ひらけ!温故知新―重要文化財・桑実寺縁起絵巻を手がかりに―」で展示されていたのです。その出来栄えに、長時間見入ってしまいました。なお、『桑実寺縁起絵巻』の詳細については、当協会ホームページの滋賀文化財教室シリーズNo.227号『桑実寺縁起絵巻』をご参照ください(ダウンロードできます)。
◆周辺のおすすめ情報
桑實寺からさらに繖山(第104回)を登ると、観音寺城跡・観音正寺を訪れることもできます。観音寺城は近江守護佐々木六角氏が戦国時代に整備して住まいとした城であり、また観音正寺は西国三十三所巡礼の第三十二番に数えられています(詳細は第312回参照)。私自身は以前に訪れたことがあり(車でですが)、またこの猛暑でさらに山登りを30分以上も続けることは体力的にも厳しく、さらに今日の本来の目的からは外れることになるので、潔く下山しました。
さて、私の安土町周遊の旅は、約1時間かけた桑實寺拝観の後、旧伊庭家住宅(第78回参照)→沙沙貴神社→浄厳院(第264回参照)→常浜水辺公園(第280回参照)と続き、JR安土駅に帰着しました。ゆっくりと見て回ったので、約3時間半の行程でした。とても暑い日でたくさんの汗をかいたので、クーラーの効いた列車に心地よく揺られて、家路に就いたのでした。
◆アクセス
【公共交通機関】JR琵琶湖線安土駅下車、山門まで東へ徒歩30分
【自家用車】国道8号線西生来交差点から北へ15分(林道を経由して本堂近くの駐車場まで行くことができます、ただし山門付近に駐車場はありません)
(小島孝修)