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轡の森の入口

新近江名所図会

新近江名所圖会 第123回 轡の森のイヌザクラ

長浜市
(長浜市木ノ本町木ノ本)
轡の森の入口
轡の森の入口

明治33年(1900)に三木書店から出版された大和田建樹作詞の鉄道唱歌第4集北陸地方69で「豊太閤の名をとめし 轡の森は木の本の 地藏と共に人ぞ知る 汽車の進みよ待てしばし」と歌われた「轡の森」は、JR北陸本線木ノ本駅から木之本地蔵(浄信寺)への広い道を50mほど行った先の南側の路地の奥にあります。通りにある「町指定イヌザクラ」の石柱を奥へ辿ると、森というより大木が一本あって周辺が児童公園になっています。

轡の森のイヌザクラ
轡の森のイヌザクラ
イヌザクラの花
イヌザクラの花

轡とは、手綱を付けるために馬の口に噛ませた金具のことです。「轡の森」の名の由来は、北国街道の牛馬市の名残りという説もあるようですが、公園中央に立派な由緒書きが立っています。そこには「木之本の地蔵さんと伊香具神社とは千三百年の昔から因縁が深い。伊香具神社は白鳳十年の創建とあるが、「白鳳五年浄信寺本尊地蔵仏水分明神を勧請し大音と名づけ鎮守となす」という記録があり、大音には弘法大師が毒蛇を退治し掘切りを開いたと伝えられる。こうしたことから、霊験に感謝するため、木之本地蔵で法要が営まれ、伊香具神社の神官は神馬に乗り参詣した。途中小川で馬の轡と足を洗うため神官は馬を降り、法要中ここに馬を休めた。以来ここを轡の森という。以前は鬱蒼とした森であったが、いまは犬目桜という珍しい巨木がわずかにその面影を留めている。(文言は一部改変)」とあります。犬目桜とは、当然イヌザクラのことでしょう。
一方、現在の長浜市観光案内所が発行している木之本まちなみマップや『太閤さんに会えるまち』(豊太閤四百年祭奉賛会編1998、サンライズ出版)には、「このくつわの森にあるイヌザクラの古木は羽柴秀吉が木之本に駆けつけた時に馬が疲れて死んだのをあわれみ、この地に埋葬し、愛用の鞭をさしておいたところ、芽をだして、今日の大木に成長したと言われている。」と書かれています。鉄道唱歌の歌詞にも関わる話ですが、その出典は不明です。
似た話がほかにもあります。長野県天然記念物指定の大塩のイヌザクラ(大町市)は静御前(源義経の愛妾)の杖が根付いたという大木で、幹回りが8m以上もあります。イヌザクラは建築資材にも使われ、成長が早いために、いくらかは各地で大木として残ったということでしょう。滋賀県立安土城考古博物館の敷地にも、木之本や東京新宿御苑のものとは全く違う伸びやかな樹形で、胸高直径60cm以上、樹高25m近くに達するイヌザクラが数本あります。

おすすめPoint

イヌザクラの花スケッチ
イヌザクラの花スケッチ

植物分類学においてはここ20年で、従来の形態中心の分類からDNA解析によるAPG分類体系が主流になりつつあります。サクラの分類についても大きく変更があり、学名もかなり変更されています。もっともイヌザクラのように花が総状花序に付くものは今までの形態分類でもウワミズザクラ亜属としてソメイヨシノなどのサクラ亜属とは別のグループでした。今日でもバラ目バラ科の中のサクラ属・ウワミズザクラ属というように、別の属として扱われています。
なお、イヌザクラのイヌは動物の犬ではなく、否という意味です。和名の頭にイヌの付く植物は約50種ありますが、犬に因むものはイヌノヒゲ・イヌノフグリぐらいでしょうか。ちなみに、イヌザクラの今の学名Padus buergerianaの種小名は、シーボルトの助手で薬剤師のハインリッヒ・ビュルガー(Heinrich Burger)からきています。
ウワミズザクラがイヌザクラと大きく違うところは、花序の基部に葉をつけることです。花序もイヌザクラよりやや大きく棍棒状です。ただ、イヌザクラも5月初旬には美しく一斉に開花し、多くの昆虫を集めます。種子は目立ちませんが、アメリカのブラックチェリーは日本のイヌザクラと近縁で、この属の仲間は鳥の食糧供給源として大きな役を果たしているようです。滋賀県内の山地では、ウワミズザクラ属ではイヌザクラよりもウワミズザクラのほうがよく見られます。ただ、安土城跡の大手門附近や伊吹山の2合目周辺にはイヌザクラが割合多く見られます。目立たない樹木ですが、轡の森探訪と併せて5月の花の時期にはぜひ注目して頂きたいと思います。

周辺のおすすめ情報

木之本地蔵院(浄信寺)

JR木ノ本駅から徒歩5分、目の仏様として知られる時宗の寺院です。境内に立つ6mの大きな地蔵像「木之本のお地蔵さん」が、全国から訪れる参拝客を出迎えてくれます。真っ暗な中を進む戒壇めぐりと江戸時代中期の庭園拝観は実践の価値大です。

伊香具神社

JR木ノ本駅から車で5分の大音にあります。祭神は伊香臣命(いかつおみのみこと)で、後に伊香地方に栄えた豪族「伊香連」の先祖とされています。『近江国風土記』逸文には天女を妻にした伊香刀美(いかとみ)という人物が出てきますが、伊香臣命と同一人物といわれています。伊香式の鳥居が有名です。

賤ヶ岳

JR木ノ本駅から車で15分のところにあります。標高421.9mの有名な古戦場で、賤ヶ岳リフト乗り場から登山道が整備されていて、気軽に頂上まで登ることができます。山頂からは琵琶湖と余呉湖の美しい景色が楽しめます。リフト運行期間:3月中旬~11月末。

アクセス

【公共交通機関】JR北陸本線木之本駅から徒歩3分
【自家用車】北陸自動車道木之本ICから5分

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(西田謙二)

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