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一見静かな山村が

新近江名所図会

新近江名所圖会 第140回 円盤のムラ

米原市
(米原市曲谷)
一見静かな山村が
一見静かな山村が

伊吹山の奥深く、宇宙人の秘密基地があるという話ではありません。不思議な円盤に溢れた集落のお話です。
湖北を代表する河川である姉川は、多くの文化財や歴史遺産を育んできた河川でもあります。姉川の文化財といえば、姉川の合戦を思い浮かべる人や、伊吹の太鼓踊りなどを思い浮かべる人もおられるでしょう。そして、その源流には、それらにも負けない独特の文化を持つ集落群が営まれているのです。
その一つ、曲谷集落を歩いて見ることとしましょう。今ではトタンが被せてありますが、多くの葦葺き・藁葺きの民家が残り、水路には美しい水が蕩々と流れる「懐かしき日本の故郷」と呼ぶべき集落です。段々に整地された宅地と畑には石積が多用され、それらを結び付ける石段も多く見られます。水を利用するための「イケ」も石積みです。山間での人々の営みには石積みは不可欠な存在で、これは多くの山村に共通しています。しかし、よくよく見れば、何か違和感を覚えるのが、曲谷の集落の特徴なのです。
石積みや石段に使われている石材をよく見れば、やたらと円盤状の石材が使われていることに気づきます。石積みや石段に留まらず、礎石や靴脱ぎなど、集落のいたるところに謎の円盤状石材が使われ、あるいは、庭先に転がっているのです。一体、何だ?

おススメpoint

でたー!円盤階段
でたー!円盤階段

この円盤状石材をよくよく見ると、中心に穴が掘られていたり、中央部が窪んでいたりするので、石臼の未製品であるとわかります。実は、ここ曲谷集落は、中世後期から明治期にかけて、石臼の産地として栄えていました。その名残として、数多くの円盤、すなわち石臼の未製品が今に残されているのです。
強度と加工性のバランスに優れた花崗岩を産出する曲谷集落では、夏場に谷深い石切場から円盤状の石材を切り出し、雪に閉ざされる冬期にこれを石臼に仕上げる、こうしたサイクルでの石臼生産が行われていました。この過程で集落にストックされた大量の未製品や失敗品が、石臼生産が行われなくなった後に石垣などに転用され、独特の景観を形作っていったのです。
集落内の白山神社境内には鎌倉時代の曲谷石製の板碑があり、この頃には石材加工が開始されていたことを確認できます。一説には、源平の合戦に関係して石材加工が開始された、はたまた垂仁天皇の石棺を作った、などの伝説もあるようです。それはともかく、曲谷石製の石臼は中世後期の安土城や小谷城からも出土していて、この頃には広い流通圏を持つ、重要な産業として発達していたことがわかります。また、起こし又川を遡った五色の滝付近は江戸時代後半以降の石切場跡で、作業場や矢穴のある石などが大規模に残されています(山歩き・沢歩きになります。見学に十分な装備と事前のルート確認が必要です。事前に米原市伊吹山資料館で見学の相談をされることをお勧めします。)。まさに、不思議な円盤は、曲谷の歴史と文化の証人であったわけです。
一見、何処にでもあるような「日本の山村」ですが、曲谷の集落を歩けばその自然環境に即した独自の産業を生みだし、この産業がいかに人々の生活を支えてきたかを理解できます。日本の山村が持つ豊かな歴史と文化性をもう一度確認する、そんな大人の小旅行にピッタリです。

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また、こうした山村での生活をはじめ伊吹山のことなら、伊吹山資料館は必見です。とっても楽しい学芸員さんとの会話もおすすめです。


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(細川修平)

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