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石山寺山門

新近江名所図会

新近江名所圖会 第144回 やっぱりあった!! 古代の石切場跡 ―石山寺―

大津市
(大津市)
石山寺山門
石山寺山門
天然記念物「石山寺硅灰石」
天然記念物「石山寺硅灰石」

石山寺は瀬田川の西岸にある東寺真言宗の別格本山で、西国三十三所観音霊場の第十三番札所として多くの参拝者で賑わいます。風光明媚な環境は「石山秋月」として近江八景のひとつに数えられ、紫式部が当寺で『源氏物語』を執筆したという伝承はつとに有名です。本堂や多宝塔、本尊如意輪観音をはじめ国宝・重要文化財が多くあり、境内にある硅灰石を含んだ結晶質石灰岩の奇岩は、「石山寺硅灰石」として天然記念物に指定されています。この「硅灰石」は表面の苔で灰色に見えていますが、本来は白亜の輝きを放つ大理石で、石山寺や寺号の石光山の由来となったものです。

2012年6月、重要な発見がありました。石造物を研究されている奥田尚さんと兼康保明さんが、偶然、境内で石切場の遺跡を見つけられたのです。その場所は本堂の南斜面裾の路傍で、本堂の基盤となる岩塊に採石した痕跡が見事に残っていました。奥田さんはさっそくこの石切場の調査を行い、採石跡の状況や採石方法・年代・石造物の種類・供給先などについて雑誌に発表されました(奥田尚「古代の石切場跡(その3)-石山寺境内-」『古代学研究』第195号 古代学研究会 2012年9月)。それでは、奥田さんの論に導かれながら石山寺の石切場を紹介しましょう。

本堂南斜面で見つかった石切場跡
本堂南斜面で見つかった石切場跡

採石されているのは、天然記念物「硅灰石」と同種類の含硅灰石結晶質石灰岩で、15カ所の採石痕があります。採石方法は、切り出そうとする石材の周囲を四角く溝状に垂直に掘りくぼめ、目的物の高さに達すると溝の底から内側へ削りこみます。つぎに斜面下方から内側削り込みの奥に矢穴をいれ、そこへ矢(クサビ)を打ちこんで石材を剥ぎ取っています。採石された石材は130×140×80㎝くらいの直方体で、重さは約3tになります。この石切場には石材を切り出した跡だけではなく、切り出し途中のものもあって、採石方法がはっきりとわかります。
石切場が本堂のすぐ下方にあることから、採石時期は本堂の建立年代よりも古いと考えられます。石山寺は761~762年ころの大増改築で本格的に堂舎が整備されますが、石が切り出されたのはこれ以前に遡ることになります。また、採石方法は、奈良県と大阪府の境にある二上山周辺の凝灰岩を6~7世紀に石棺材として切り出した方法と似ていることから、石山寺の石切場の年代は6~8世紀の間に求められるとのことです。

採石跡(中央に矢穴、左は採石途中のもの)
採石跡(中央に矢穴、左は採石途中のもの)

では、ここで切り出された石材はどこで使われたのでしょうか。古代における結晶質石灰岩製の石造物は飛鳥や平城京の寺院などにみられますが、130×140×80㎝の直方体で含硅灰石結晶質石灰岩を使っているのは、飛鳥にある川原寺の中金堂跡の礎石だけのようです。川原寺は、7世紀後半に創建された大寺院で、天武・持統朝には厚遇され、四大寺のひとつに数えられていました。金堂をふたつ備える伽藍配置で、中金堂の礎石にのみ含硅灰石結晶質石灰岩が使用されています。川原寺の発掘調査報告書では、中金堂礎石の採石地は吉野郡天川村の洞川とされています。しかし、奥田さんは、洞川の結晶質石灰岩には硅灰石が含まれておらず、川原寺礎石の硅灰石の産状が石山寺のものと似ていることから、1974年以来、川原寺中金堂の礎石は石山寺境内で採石されたと考えておられました。そしてじつに38年を経過して石山寺境内において自身で採石跡を確認されるにいたったのです。
奥田さんは、天武天皇か持統天皇が川原寺に石山産の石材を使用することを発想した可能性を指摘し、さらに、天武持統天皇陵においても石山の含硅灰石結晶質石灰岩が使われている可能性を示唆しつつも、このことは天変地異が生じないかぎり永久に検証できないだろうと結んでおられます。天皇が憧れた白く輝く石が、近江石山からはるばる飛鳥へと運ばれた。ロマン溢れる話ではありませんか。

おすすめPoint

「硅灰石」は、白メノウや大理石とも呼ばれることもあるように、白く光沢をもつ石種です。ところが石山寺の石は現状では灰色にくすんだ色をしていて、石本来の色艶がわからなくなっています。唯一、石山寺の拝観受付を入ってすぐ右にある「くぐり岩」と呼ばれる「硅灰石」の岩塊は、胎内くぐりの参詣者によって底面がツルツルに踏み磨かれており、そこに白亜の大理石の輝きをみることができます。

周辺のおすすめ情報

石山貝塚

石山貝塚
石山貝塚

石山寺山門の手前左を入ったところに土産物屋さんや駐車場があります。石山観光協会の建物がある高まりを中心に、わが国最大の淡水貝塚である石山貝塚が広がっています(第10122回参照)。縄文時代早期(約6,000~8,000年前)の貝塚で、観光協会では実物の貝層断面の剥ぎ取り標本が見学できます。

交通アクセス

【公共交通】京阪バス「石山寺山門前」下車すぐ
京阪電鉄「石山寺駅」下車800m(徒歩15分)
【自家用車】京滋バイパス石山ICから約3分
名神高速道路瀬田西ICから約10分

より大きな地図で 新近江名所図会 第101回~ を表示
(平井美典)

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