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古川橋からみた日野川

新近江名所図会

新近江名所圖会 第171回 川と人との関わり-日野川編-

近江八幡市
(近江八幡市)
古川橋からみた日野川
古川橋からみた日野川

私のライフワークの1つに、天井川の研究があります。天井川の研究は、京都大学防災研究所が防災という視点から活発に研究されていますが、私は職業柄、考古学の視点から天井川を見つめています。そのきっかけとなったのは、草津市・守山市を通る湖南幹線道路建設工事に伴い、かつて草津市川原町内を横切っていた旧葉山川と現葉山川の間の発掘調査を担当したことです。川に挟まれた場所だから、湿地状の地形が広がっているだろうと予測していたのですが、調査してみると、安定した地面に鎌倉時代の集落が営まれていたことが明らかになりました。さらに調査を進めると、旧葉山川は微高地上を流れていたことが判明し、現葉山川の辺りには埋没した川があったことが分かりました。かつて草津市川原町内を流れていた旧葉山川は、現葉山川付近を流れていた本来の葉山川を付け替えた人工河川であると判断するに至ったのでした。私はこのような事実を知って以来、現在の河道を疑いの目で見るようになってしまいました。

ある日、小学生の息子が学校から配布された教材のプリントを持って帰ってきました。そこには学区内を流れる日野川の、過去の水害や出来事が書かれていました。人と川との関わりに興味がある私は、息子以上に食い入るようにそのプリントを見ていました。プリントには地元の人たちからの聞き取ったことが書かれていて、その中に注目すべき文章がありました。
「川の水が濁ると堤防が決壊する。決壊すると川上から水が来るので、必ず川下へ逃げること。」
川の水は高所から低所へ流れるので、集落より上流から水が迫れば、下流側へ避難せざるを得ないのですが、やがて水は追いつくはずです。しかし、「川下へ逃げること」としているのは、水が及ばない場所、要するに高所が川下側にあるということを示しているのだと思いました。ということは、日野川も人工的な部分があり、必ずしも低所を流れているわけではなく、旧葉山川と同じく場所によっては微高地上を流れていると考えました。いい年齢したオトナが、息子の持って帰ってきたプリントをニヤニヤしながら見つめている姿は、かなり不気味だったことでしょう。
川といえば、便利な世の中では水害が目立ちますが、かつては食料調達の場所や灌漑用水の源として使われていました。一歩間違えば牙をむいて襲いかかってくる存在ではありますが、人類誕生以来、深い関わりがある場所でもあるわけで、付き合い方しだいで鬼にもなれば神様にもなります。水害の恐怖を感じながらも、川の恵みを受けていた昔の人々のように、自然と付き合い上手になりたいものです。

おすすめポイント

橋の取り付けの銅像
橋の取り付けの銅像

近江八幡市のふるさと農道が日野川を跨ぐ桐原新橋の取り付けに、道を挟んで向かい合う銅像があります。これらは当地域にあった桐原郷と迩保(にぼ)郷との間で起こった、日野川の水利権をめぐる争いの様子を表したものです。天正14年 (1586)、例年にない干魃(かんばつ)により日野川の水が枯渇しました。生活用水や農業用水を日野川に依存していた両郷は、水をめぐって流血の騒動にまでなりました。同年7月、迩保郷江頭・十王の両名主は、この痛ましい水争いの裁きを領主に求めました。当時の領主は豊臣秀吉の甥・秀次でした。秀次は強硬な裁きを避け、自ら詳細に現地を視察し、双方を納得させる裁きを下した、とされています。桐原新橋の取り付けの銅像は、東側の3人が迩保郷2人・桐原郷1人の庄屋、西側が秀次であり、秀次の裁きを3人の庄屋が聞いている情景とされています。
こんなときには川に近づかないように!
平成25年(2013)9月16日に上陸した台風18号は、目立った報道はされませんでしたが、滋賀と京都を中心に甚大な被害をもたらしました。日野川の水も高水敷を超え、堤防決壊の危機にありました。破堤こそまぬがれたものの、周囲の排水路から水が溢れ、多くの場所で冠水しました。昔の人々にとって川は、このような危険と背中合わせでありながらも、生活になくてはならない場所だったのでしょう。

台風18号で水没した高水敷(桐原橋付近)
台風18号で水没した高水敷(桐原橋付近)

周辺のおススメ情報

桐原新橋の西側取り付け一帯は、安養寺廃寺遺跡・安養寺遺跡・辻野遺跡が広がっています。安養寺廃寺の跡地が、現在でも周囲の水田よりも少し高い畑地として利用されています。また、ふるさと農道からJR琵琶湖線篠原駅へと向かう途中には、鎌倉時代に建立された石造五重塔(第141回)があります。

アクセス(桐原新橋)

【公共交通】JR琵琶湖線篠原駅から東へ徒歩15分
【自家用車】名神高速道路竜王ICから北へ15分

(重田 勉)

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