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新近江名所図会

新近江名所圖会 第192回熊野紀行(1) ―熊野のヒダリマキガヤ

日野町
写真1熊野神社
写真1熊野神社

日野町熊野は綿向山南西麓の山間にある村です。熊野集落の歴史は古く、約1000年前の平安時代の中頃に綿向信仰により開かれたとされ、鎌倉時代頃には日吉神社の荘園となっていました。集落の中にスギの古木に囲まれて鎮座する熊野神社は、熊野権現を勧請したと伝えられる古社で、烏帽子着・勧請縄・弓引きなど古い行事を今に伝えています。
ヒダリマキガヤはカヤ(榧)の変種で、宮城・滋賀・三重などに希に生育します。日野町熊野で初めて確認され、大正11年(1922)に国の天然記念物に指定されています。
幹や葉は普通のカヤと異なるところはありませんが、種子が通常のカヤに比べて大きく、長さが3.8~4.7㎝、幅1.3~1.5㎝もある長楕円形です。種子の表面には浅い縦溝があり、この溝が普通は直線であるのに対して、左巻あるいは右巻にねじれていることから、ヒダリマキガヤの名がつけられました。ヒダリマキガヤはこの地域で偶然生じた突然変異種と考えられ、付近の若木も親木と同様の種子を結ぶことから、通常のカヤとは異なる遺伝的特質を持っていると考えられます。

写真2ヒダリマキガヤの梢
写真2ヒダリマキガヤの梢

熊野にはヒダリマキガヤと見られるものが数株あり、字東坂(ひがしざか)の二株(写真2)と字中家(なかや)の株(写真3)が指定されています。写真2は熊野から綿向山に向かい道沿いの斜面地に二本近接して生えており、樹高は約21m、樹幹周囲は約1.9mと2.4m。写真3は熊野神社から南に下りる細い道の肩に生えており、樹高約23m樹幹周囲は約2.2mで、指定時よりいずれも60㎝前後太くなっています。写真3の樹は樹幹が腐食して空洞化した箇所をウレタンフォームで充填して治療をされており、今は問題なさそうです。いずれの樹も丈高く、着生植物が覆っていたりして、下から見あげると梢や葉の様子などはわかりにくい状況ですが、今のところは元気そうにみえます。

写真3ヒダリマキガヤ
写真3ヒダリマキガヤ

カヤの樹は有用な樹なので大事にされますが、とりわけヒダリマキガヤは特異な種類なので天然記念物に指定されていることが多いのです。
さて、カヤは宮城県以南の本州島・四国・九州、そして朝鮮半島に分布する暖地性のイチイ科の常緑針葉高木で、葉には独特の香気があり、10月頃に種子をつけます。かつて、間伐材や枝を燻して蚊遣りにつかわれたことがその名の由来という説もあります。
山地に自生するほか植栽樹としても利用されます。材は堅く緻密で、磨くと光沢を増し、特に碁盤や将棋盤として珍重されました。さらに、水湿に対する抵抗性が強く、加工も容易なため、器具・建築材・彫刻など多方面に利用されます。また、種子は食用・薬用とし、食用油や灯火用油を採取することもできます。その昔、湖北の木之本や伊吹では「米一升カヤ一升」といわれ、カヤの実が米に相当するほど大事にされ、採取した実を町へ出して、米や油と交換できたと言います。私はカヤの実を食べたことがありませんが、奥伊吹でそれとよく似た「ばい」の実(地元の人はそう呼ぶ)を戴いたことがあります。アーモンドに似た、脂肪分多めのナッツで、香ばしくよく炒ってあって、とてもおいしかったです。奧伊吹の方ではカヤの方が「ばい」より美味しいと言いますから、野生の植物としてはかなり美味しい食材の一つだと思います。
熊野神社境内には、ヒダリマキガヤのほかに立派なスギの木が何本もあります。とりわけ鳥居前のスギは、地上3m付近で七本に分かれていることから「タコスギ」と呼ばれています。目通り(*)7.5mもあり、県下屈指の大木です。一説によれば、幼木のときから積雪で押さえつけられ、氷に閉ざされた厳しい環境下で育ったため、タコが足を広げたような形状になったということです。推定樹齢600年の老木で、樹勢にやや衰えがみられるもののまだ堂々たる風情です。この神社境内には目通り3m以上の大木が28本もあり、その静かな佇まいの中で、清々しい気を満喫できます。
次回は、熊野神社の奥の院ともいうべき「熊野の滝」を目指すことにします。
*目通りとは,地上1.5mの幹周囲の寸法のことです。
(小竹志織)

アクセス
JR近江八幡駅南口から近江鉄道バス日八線 「北畑口」下車。
「北畑口」から日野町営バス平子西明寺線 「熊野神社」下車すぐ。

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