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調査員オススメの逸品第177回 重要遺物はなぜ週末に出土するのか!? ―長浜市北山古墳の鏡―

長浜市
写真1 試行錯誤しながら撮影した鏡の出土状況
写真1 試行錯誤しながら撮影した鏡の出土状況
写真2 出土した獣帯鏡
写真2 出土した獣帯鏡

№131で紹介した旧虎姫町・北山古墳の副葬品の続きです。平成8年の調査によって,平面形状が前方後円形であり,埋葬施設は墳丘に木棺を直接埋葬していることが分かった北山古墳ですが,前回紹介した短甲のほかに,1面の鏡も出土しました。この鏡の出土は,なかなか忘れられない思い出があります。思い出話を交えながら,当時の様子をお話ししたいと思います。
埋葬施設の墓壙(ぼこう:お棺をおさめるために掘りこんだ穴)を見つけ出し,その中を掘り進んでいきました。いよいよ木棺の痕跡が見えはじめてきたある日,「鏡なんか出てきたらどうします~」という調査補助員に,「そんなの出てきたら,泊まり込みやで~」などと冗談を言いあっていました。でも,私の心の奥には不安と期待があったのです。
次の日(木曜日)には,木棺の痕跡の内部をさらに掘り進めたところ,木棺の壁にあたる部分に赤色顔料がびっしりと塗布されていたのが見えてきました。今さらながらに,「ホントに古墳なんや…」と思いました。すると,調査補助員さんが「なんか見えてるんですけど~」と私を呼ぶ声が聞こえました。急いで見てみると,青銅色の金属の一部が…。時間の都合もあって,今日のところはとりあえず軽く埋め戻して,厳重に保護することにしました。その日の帰り道は,「いやいや違うよ~」と思いながらも,不安でいっぱいでした。
次の日(金曜日)も木棺の内部を掘り進めました。実は,次の日の土曜日から旅行に行くことになってました。午後3時頃にはずいぶんと掘り進み,前日に見えていた青銅色の金属器がとうとうその姿を現しました。「はー!鏡じゃん!えっ!うそっ!どうしよ!」
出土したての鏡はすごい色でした。金色のような,銀色のような,なんともいえないにぶい色の輝きでした。でも,あっという間に退色が始まりました。明日からは旅行。でも,次の週になれば,この輝きは失われるし,このまま2日間も現場に置いておくなんてとんでもない,「輝きがある間に写真を撮らねば」ということで,急いで写真撮影に入りました。でも,季節は冬間近で,しかも山の中。あたりは,どんどん暗くなっていきます。カメラの露出計が示すシャッター速度は1/4秒。とりあえず撮影したものの,すごく不安なので,そうだ,自前のストロボを使おう!。ところが,業務用カメラにはストロボを付ける台座がなく,シャッターと同調できないことが判明。
仕方なくストロボを単独で発光させることになりました。カメラのシャッター速度ダイヤルをストロボ同調位置にセットし,ストロボ本体を調査補助員さんに持ってもらい,カウントダウンしてストロボとシャッターを同時に押すことに。
私:いいですか,3・2・1・0でストロボのボタンを押してください。
調査補助員さん:はい!
私:3・2・1・0!
パシャ!(カメラ),ピカ!(ストロボ)
私:合ってないからもう一回!
調査補助員さん:はい!
私:3・2・1・0!
パシャ!(カメラ),ピカ!(ストロボ)
私:「あかーん,ずれてもーた! はい,もう一回!」

(以下,略)


というやり取りを,寒くて薄暗い林の中で30分ほど繰り返して,なんとか撮影を終了しました(写真1)。その後,薄暗い中で鏡を取り上げたのですが,鏡というのは想像以上に薄く作られており,出土時から既に少しヒビがあったこともあって,残念ながら割れてしまいました。取り上げた鏡は速やかに保存処理技師に渡せたこともあって,全体が薄緑に錆びることは免れたのですが,残念ながら出土時の独特の輝きは失われました。
出土した鏡は獣帯鏡というものでした(写真2)。鏡の縁が平たく,外区(最も外側の文様帯)には唐草文が施され,内区には青龍・白虎・朱雀・玄武の方位を護る四神が描かれていました。四神は半肉彫りの技法で描かれ,南を護る朱雀は翼を上げたものと下げたものの2体が描かれていました。また,四神に沿って「長子孫」の銘文が書かれていました。
特徴や製品の精巧さからみて,中国からの輸入鏡(舶載鏡)とみられ,1世紀~2世紀に後漢で作られ,当地に持ち込まれたものと考えられます。北山古墳が造られた時期は,短甲などの出土遺物の年代観から5世紀代と考えられますから(調査員おすすめの逸品№131),鏡が作られた時期とは200年~300年の差があることになります。このことは子孫代々にわたって伝世された結果と考えられます。
それにしても,なぜ重要遺構や重要遺物は週末や悪天候の前日に出土することが多いのだろうか? 私だけ? 週の初めや真ん中に出土しても,不安と期待と緊張であわててしまうのは変わらないのでしょうが,もう少し時間の余裕が欲しいものです。
(重田 勉)

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