新近江名所図会
新近江名所圖會 第449回 在りし日の山寺の名残か-廃少菩提寺 石多宝塔
突然ですが、椿井文書をご存じでしょうか。
椿井(つばい)文書とは、山城国相楽郡椿井村(現在の京都府木津川市)出身の椿井政隆(1770~1837)が、畿内近隣の依頼者の求めに応じて偽作した文書の総称です。文書といっても偽文書だけではなく、由緒書きや系図、絵図などが含まれ、バラエティーに富んでいることが特徴です。そして、内容も中世の年号が記された文書を近世に写したという体裁をとるため「椿井文書」と認識されないことも多く、流布した範囲・数も近畿地方一円に広がり、数百点に及ぶといわれています。なぜ「椿井文書」について話をしたかというと、今回紹介する国指定史跡「廃少菩提寺石多宝塔と石仏」、国指定重要文化財「多宝塔」に関係するからです。
湖南市菩提寺にある西應寺が所蔵する『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』(写真1)は、良弁僧正が建立したとされる「少菩提寺(円満山大槃若院)」の中世の伽藍の姿を描いたものといわれていました。

そこには、菩提寺山の南東側に七堂伽藍と37の坊院を有する大寺院の姿が描かれています。しかし、椿井文書を研究する馬部隆弘氏は『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』が椿井文書であることを明らかにし、そこに描かれている内容について疑義を唱えています。例えば元図が描かれた日付は「明応元年四月廿五日」と記されていますが、明応元年は七月十九日から始まるため存在しない年月であることもその一つでです。つまり15世紀末に描かれた絵図を江戸時代に模写したとしていますが、そもそも元図がなく、江戸時代に、椿井政隆によって創作された可能性が高いとの指摘です。馬部氏は、椿井文書の問題点は、単なるフィクションではなく、虚実を織り交ぜ、目的・意図をもって作成されているところにあり、文書の作成目的・意図の解明なしに歴史的な評価は下せないと述べています。そして『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』は、「青木頼教」という人物の存在を際立たせるために創作された文書の一つではないかと推察しています。
虚実の「実」の部分では、当時の地誌に通じていた椿井政隆は『近江與地志略』(1808年:文化5年)に記載されている情報や現地調査、聞き取りを反映させていた可能性があります(調査員のおすすめの逸品第136回)。江戸時代に編集された近江の地誌である『近江與地志略』の甲賀郡菩提寺村「菩提寺舊蹟」項には、甲賀郡4箇寺の一つで、金勝山大菩提寺に対して少菩提寺と号すとし、「六間四面の堂跡の礎石あり」「界内に三十六坊ありしという」と書かれています。これらが絵図に描かれている少菩提寺の堂宇にも反映されている可能性が高いと言えます。
◆おすすめPoint
もう一つの「実」として『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』には描かれていませんが、国史跡に指定されている「廃少菩提寺石多宝塔および石仏」/国指定重要文化財である「多宝塔」があげられます。少菩提寺の境内に相当する山裾にあることから、少菩提寺に関連する石造物と考えられています(写真2)。もしかしたら、椿井政隆も実見していたかもしれません。

この多宝塔は、高さ4.5mの花崗石製で、軸部には「仁治二年辛丑七月日願主僧良全施主日置氏女」と刻まれています(写真3)。石製の多宝塔は少ないうえに、紀年銘が残り、施主が分かる珍しい例といえます。仁治2年は鎌倉時代中頃の1241年にあたります。

この石製多宝塔の学術的価値が高いことは当然ですが、その整ったプロポーションと自然の中に佇む姿も注目されてきました。随筆家の白洲正子さんは著書『近江山河抄』の中でこの多宝塔を訪れた際に次のような感想を語っています。
──いい味に風化しており、その背後に菩提寺山が深々と鎮まっているのは、心にしみる風景である。自然の中に置くべきで、博物館などで見たのでは半分の値打ちもない。他に鎌倉時代の石仏もいくつかあるが、この塔を見た後では、ふり向く気にもなれなかった。──
以前、東近江市の石塔寺の石塔を紹介したときに作家の司馬遼太郎さんの感想に触れましたが(新近江名所圖絵第294回)、石塔とは何か人の心を揺さぶるものがあるに違いありません。ぜひ、訪れて体感してみてください。
◆周辺のおすすめポイント
『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』を含めて地域の歴史について、地元の有志の方々が紹介している菩提寺まちづくりセンター内にある菩提寺歴史資料室を訪れるのもよいでしょう。古墳時代から近世まで地域の歴史について実物や写真パネルで知ることができます。『圓滿山少菩提寺四至封疆之繪圖』の精巧な複製品も見ることができます(新近江名所圖絵第303回)。
◆アクセス
・国史跡「廃少菩提寺石多宝塔および石仏」/国指定重要文化財「多宝塔」
【自家用車】名神栗東湖南IC下車約15分 駐車場なし(菩提寺まちづくりセンターの駐車場にとめて歩くことをお勧めします。徒歩約20分)
【公共交通機関】JR草津線「石部駅」下車、徒歩約30分
◆参考文献
白洲正子(1994)『近江山河抄』講談社文芸文庫 講談社
馬部隆弘(2020)『椿井文書-日本最大級の偽文書』中公新書2584 中央公論新社
寒川辰清編/小島捨市校注(1968)『校訂頭註 近江輿地志略』 歴史図書社
(調査課 堀 真人) 堀 真人の活動状況はコチラ
★★★ 展覧会のお知らせ ★★★
滋賀県立安土城考古博物館 第72回企画展「秀吉の城」
当協会が指定管理者として運営している『滋賀県立安土城考古博物館』の企画展示のご紹介です。今回の企画展示では、大河ドラマでも話題の豊臣(羽柴)秀吉が関係した城について取り扱います。
秀吉は、近江で初めて城主となりました。本能寺の変の後、織田家の後継者争いに勝利し、天下人となってからも近江を重要視し、家臣たちにも城を築かせています。
本展では、近江に築かれた秀吉が関係した城について、発掘調査で出土した資料や写真パネルで紹介します(会期:2026年7月18日(土)~2026年9月23日(水))。詳しくはこちらの【公式サイト】をご覧ください。皆様のお運びをお待ちしております!
