記事を探す
竹生島遠望

新近江名所図会

新近江名所圖会 第163回 湖北に浮かぶ神秘の島・竹生島その2 -弁才天の聖地-

長浜市
(長浜市早崎町)
竹生島遠望
竹生島遠望

江北の琵琶湖面に神秘的な姿を写す竹生島は、長浜市早崎の地先5km程の地点に浮かぶ周囲約2kmの小島で、琵琶湖観光のスポットとして多くの人々を魅了しています。また、各種文化財にも恵まれていて、歴史的・信仰的にたいへん注目されるところです。第138回でも取り上げていますが、今回はその2として、わが国の弁才天信仰の拠点としての竹生島をクローズ・アップしてみましょう。

【写真2】宝厳寺絹本著色弁才天像(南北朝期)
【写真2】宝厳寺絹本著色弁才天像(南北朝期)

そもそも竹生島は、島内の宝厳寺が西国三十三所札所の1つに数えられているように、観音信仰の島でもあります。華厳経によれば、観音菩薩は南海の島にある補陀洛山に住むとされているため、琵琶湖と竹生島がそのイメージと重ねられて観音霊場として発展したものと考えられます。

【写真3】宝厳寺絹本著色弁才天像(江戸時代)
【写真3】宝厳寺絹本著色弁才天像(江戸時代)

一方、弁才天は、インドのサラスヴァティー河を神格化した女神で、五穀豊饒をもたらす水神として尊崇を受けてきました。仏教に取り入れられてからは、これに加えて学問・音楽・除災・戦闘などの功徳も説かれるようになります。弁才天の形態は八臂(はっぴ:腕が8本あること)像と二臂像に大別できますが、中世以降はわが国在来の穀物神である宇賀神と習合し、老翁面蛇身の同神を頭部に戴く八臂像が造像の主流となっていきます。元来、水の神ですから、水辺に祀られるケースが多く、わが国最大の湖である琵琶湖は最も相応しい場所と言えるでしょう。また、音楽神として琵琶を手にする形像があるように、同神と琵琶との関係性も見逃せません。琵琶湖を高い位置から眺望すると、琵琶のような形状を見せている点も、竹生島が弁才天信仰の拠点となった要因の1つといえそうです。なお、弁才天の聖地であるため、竹生島には各種の形像が存在します。写真2の八臂像は島内最古の弁才天像で、南北朝期の制作。写真3の二臂像は、江戸時代の作品で手に琵琶を持っています。写真4の八臂像は、頭部に宇賀神を戴いており、像底に弘治3年(1557)の紀年銘が記されています(写真5がその墨書銘)。

【写真4】宝厳寺木造弁才天坐像(室町時代)
【写真4】宝厳寺木造弁才天坐像(室町時代)
【写真5】宝厳寺木造弁才天坐像像底
【写真5】宝厳寺木造弁才天坐像像底

おすすめPoint

さて、竹生島の弁才天信仰を象徴するものに、天下泰平・五穀豊饒を祈って毎夏執行されている蓮華会があります。現在ではかなり簡略化されていますが、かつては湖北の富豪から選ばれた祭礼の頭人が、弁才天の像を新たに造立し、これを島に奉納することが行事の中心となっていました。実際、宝厳寺にはその折に奉納された弁才天像が、いまも二十躯ばかり伝えられています。その中には、浅井久政の母寿松尼が奉納したことが判明するもの、また、久政自身が頭人となって奉納したと推察されるものも含まれます。
蓮華会奉納像は、いずれも頭上に老翁面蛇身の宇賀神と大型の銅製鳥居形宝冠とを戴く八臂の木造彩色像で、この形像が竹生島を中心に形成されたことを窺わせます。特筆されるのは、写真4・5の弘治3年在銘像を最古に、江戸期以前に遡る紀年銘遺品が七躯にのぼることで、室町時代後期には既に、このような奉納形態が定着していたことが知られます。いずれにせよ、この時期の紀年在銘彫刻が、一ヶ所にこれだけまとまって伝来するのは珍しく、県内では唯一の事例となっています。また、竹生島に奉納された後、近江八幡市安土町の千光院や大阪・和泉市の施福寺など、関係する寺院に宝厳寺から下賜されたと考えられるケースも知られており、弁才天信仰の伝播にこれらの像が一定の役割を果たしていたことが分かります。
さらに注目されるのは、弘治から寛永年間(1624~1643)にかけて制作された九躯に、平方仏所や平方大仏師等の銘があり、また、慶長年間(1596~1614)の二躯にも、平方仏師と考えられる人名が記されていることです。平方とは現在の長浜市平方町のことで、これらの銘記から、中世末から近世初頭にかけてこの地に仏師工房があり、造仏活動を行っていたことが知られます。彼らの活動実態は不明な点が多いのですが、戦国期の奈良で活躍した宿院仏師と同じく俗人仏師集団であったこと、現存遺品が弁才天像に限られるという2点は注目されるところです。特に、後者の極端な偏りから推して、平方仏所が特定の尊格の造像に特化した工房、あるいは特定の祭礼に関わる注文に応じるために組織された工房であったとも考えられます。もしそうであるなら、全国的にも類を見ないきわめて特殊な仏師集団ということになります。
これらの弁才天像の一部は、宝厳寺弁才天堂や宝物館で公開されていますので、竹生島にお出かけの際は、ぜひお見逃しのないように。また、平方仏師の主要作品は当館の展覧会図録『武将が縋った神仏たち』(平成23年刊行)にて紹介していますので、関心のある方はご覧下さい。

アクセス

【琵琶湖汽船】長浜港(JR北陸本線長浜駅から徒歩10分)から30分
今津港(JR湖西線近江今津駅から徒歩5分)から25分
【オーミマリン】彦根港(JR東海道本線彦根駅からタクシー・バスで5~10分)から40分
※季節によって運行本数が異なりますので、各運行会社にご確認ください。

(山下 立)

Page Top