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新近江名所図会

新近江名所圖會 第441回 メタセコイア並木とカフェと「龍の太刀」の北牧野古墳群

高島市

 滋賀県北部、福井県との県境に位置する高島市マキノ町は、メタセコイア並木などが所在する滋賀県有数の観光地として知られています。

 そんなマキノ町には北牧野古墳群という古墳時代後期の群集墳があります。昭和43年に同志社大学考古学研究室が行った調査では、計96基の古墳が確認されましたが、本来は100基以上の古墳が集まった大型群集墳だったと考えられています(図1)。

図1 北牧野古墳群分布図 (森 1971)。写真1・2の古墳がどれに該当するか、よくわからなくなっていますが、写真1はAの範囲、写真2はBの範囲のものになります。

 また、平成12年には2号墳と3号墳の発掘調査が行われました。そのうちの2号墳からは、土器や鉄器類、装飾品などさまざまな遺物が出土し、なかでも石室奥付近で出土した金銅製(こんどうせい)(たん)龍環頭(りゅうかんとう)太刀(たち)は、県内でも出土例が少ない貴重な一品です。詳しくはこちらの記事をご覧ください(調査員のおすすめの逸品 No.12 環頭太刀-北牧野2号墳- – シガブンシンブン オススメの逸品)。小規模の古墳は、墳丘が残っているものに関しては残存状況にもよりますが、比較的低く小型の石室をもつと考えられています。

 北牧野古墳群は古墳の数も多く、すべて回ろうとすると大変かもしれません。しかし、いくつかの古墳は気軽にみられることをご存じでしょうか。マキノ高原では、メタセコイア並木の時期になると無料臨時駐車場を開放します。その駐車場には、砂利に紛れて所々に四角に並んだ石列があります。多くの方々は気に留めることもないと思いますが、実はこれが北牧野古墳群の一部です。これらの古墳は墳丘が削平され、石室のみが残存し、石材が露出している状態です。このほかにも周辺には同様の石列や墳丘の残っている箇所があり、身近に古墳を感じることができます。お近くを訪れた際は、メタセコイア並木と一緒に古墳見学をしてみてはいかがでしょうか。

写真1 駐車場の古墳1 砂利の中に横穴式石室を組んでいる石(白っぽい大きめの石)の表面が部分的に露出しています。
写真2 駐車場の古墳2 こちらも写真1と同様に、白い石をつなげると細長い石室の輪郭が見えてきます。

◆周辺のおすすめポイント

 メタセコイア並木のピークは秋の終わりごろから冬にかけての寒い時期です。外出していると体の芯まで冷えますよね。そんな時は併設されている並木カフェで一息ついてはいかがでしょうか。ごはんものからデザートまで揃っており、冷え切った体を温めるのにちょうどいい場所です。(繁忙期は少々混みますのでご注意ください)

写真3 並木カフェメタセコイア クロッフル

◆アクセス

【公共交通】JR湖西線「マキノ駅」 から 湖国バスマキノ高原線「マキノ高原民宿村」下車後すぐ

【自家用車】国道303号線「小荒路」交差点を西へ約5km

参考文献

滋賀県教育委員会事務局文化財保護課・財団法人滋賀県文化財保護協会 2003 『北牧野古墳群』斧研川荒廃砂防事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書

森浩一 1971 「古代生産遺跡の調査」『同志社大学文学部考古学調査報告』第4冊 同志社大学文学部文化史学科

(調査課 三好佑佳)  三好佑佳の活動情報は【コチラ】

★★ お知らせ ★★

滋賀県立安土城考古博物館 第71回企画展「近江―道が織りなす物語―」

 当協会が指定管理者として運営している滋賀県立安土城考古博物館では、2026年2月14日(土)~2026年4月5日(日)に、上記テーマで企画展を開催します。

 近江(滋賀県の旧国名)は、奈良時代以降、都の置かれた畿内と隣り合う場所として重視され、「道の国」と呼ばれるほど交通網が発達しました。
 古くは「唐橋」と呼ばれた瀬田橋や、織田信長が安土城築城を機に整備した街道など、今なお使われ続ける道もあります。人の行き交う道には、名物もつきもの。風光明媚な景色を描く「近江八景」の浮世絵や、茶の湯の流行にともなって作られた比良焼や臨湖焼といった雅趣に富む焼き物も、道を通じて広まりました。本展では、「この道を通ったのは誰か?」という視点から、県内の考古資料や絵画、古文書、工芸品を紹介します。

 詳しくはコチラのサイトをご参照ください。お待ちしております!

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