新近江名所図会
新近江名所圖会 第315回 琵琶湖の制水門-大津市南郷洗堰と瀬田川洗堰
琵琶湖には、野洲川をはじめとして多数の河川が流入しています。しかし、琵琶湖から流出する河川は瀬田川しかありません(運河を含めると琵琶湖疏水も該当します 名所図会第62回~琵琶湖第一疏水大津閘門参照)。ですから、瀬田川からの流出量が変化すると、琵琶湖の水位に大きな影響を与えることになります。特に、南郷にある大日山(だいにちやま)は瀬田川へ大きくせり出して川の流れを阻害しました。また、瀬田川下流部で合流する大戸川(だいどがわ)が田上山地の荒廃による多量の土砂を瀬田川に運び込むことで、結果、瀬田川の川底が浅くなり、流れが悪化を招き、琵琶湖の水位が上昇する一因になりました(図1:明治28年の地形図を参考に見てください)。
この水害を可能な限り軽減するために、明治時代に大規模な工事が計画され、それが田上山砂防工事と淀川改良工事として具体化しました(田上山治山事業については名所図会第243回~田上山地砂防の護り、天神川の砂防堰堤を参照)。
明治33年(1900年)に淀川改良工事の一環として瀬田川の改修がはじまりました。これは瀬田川の浚渫(しゅんせつ)や川幅の拡幅、そして瀬田川へ突き出た大日山を削りとり、流水量を増やす大規模な工事になりました(図1:昭和29年の地形図を参考に見てください)。その一方、流水量が増大して下流に及ぼす影響を軽減するために、水量を調節するための堰を南郷に建設することになりました。明治35年(1902年)に着工し、3年後に完成した洗堰(あらいぜき)は、石と煉瓦で築かれた32基の水門で構成され、当時日本最大の可動堰として瀬田川の制水を担いました。
堰の制水は、長さ14尺(約4.2m)、厚さ8寸(約24cm)の角材を一本ずつ落とし込むという方法で、多大な労力を伴う作業でした。しかもすべての門を閉めるのに丸二日、開くのには丸一日を要しました。このような人々の努力によって大規模な水害は徐々に減少していったのです。昭和36年(1961年)にやや下流に瀬田川洗堰が築かれました。新洗堰は10基の水門で構成され、門の開閉は電動で行われます。こうして旧南郷洗堰は56年にわたる役目を終えたのです。現在の洗堰は、国土交通省近畿地方整備局琵琶湖河川事務所によって管理され、琵琶湖の制水を担っています。
◆おすすめのポイント
【画像1】現在の洗堰を上流左岸から見たものです。左側に見える赤い施設は、平成4年(1994)に完成したバイパス水路です。
【画像2】残された旧洗堰の水門です。右岸に1基、左岸に6基残されています。角材を落とし込んだ溝が確認できます。
【画像3】 制水に使用する角材を運んだレールが残されています。南郷洗堰は通常立ち入り禁止ですが、毎月第4土曜日にはオープンカフェが開催されています。※コロナウィルス感染拡大防止のため中止されることもありますので、最新の情報でご確認ください(洗堰レトロカフェ)。
【画像4】 旧洗堰看守場です。明治44年(1911)年に建設され、瀬田川洗堰が完成するまで事務所として使用されていました。かつては今の場所より約100m上流にありましたが、平成4年(1992)に今の場所へ移築されています。
◆周辺のおすすめ情報
旧洗堰の西側に「水のめぐみ館アクア琵琶」があります。ここでは、琵琶湖・淀川に関する様々な情報が展示されています。また、南郷洗堰の一部を原寸大で復元した模型があり、堰の制水作業を再現しています。
※2020年4月3日現在、コロナウィルス感染拡大防止のため臨時休館しています。開館情報はアクア琵琶のホームページでご確認ください。
◆アクセス
【公共交通】JR琵琶湖線石山駅から京阪バスで20分「南郷洗堰」下車
【自家用車】京滋バイパス石山ICから車で約10分 駐車場は水のめぐみ館アクア琵琶を利用するのがおすすめ
(神保 忠宏)
◆所在地:滋賀県大津市南郷