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新近江名所図会

新近江名所圖會 第415回 振り返れば彦根城―彦根市長寿院(大洞弁財天)―

彦根市

 以前、このホームページで彦根市北方に所在する井伊神社を紹介しました(名所圖會第397回)。今回も井伊神社と同じく佐和山西麓に所在する史跡の一つとして長寿院(大洞弁財天)を紹介したいと思います。

写真1 長寿院境内

 長寿院は彦根藩4代藩主井伊直興(なおおき)により彦根城の鬼門の鎮守と領内の安泰を願い建立されました(写真1)。本堂にあたる弁財天堂(写真2)は棟札(むなふだ)により元禄8年(1695)から翌9年にかけて建立されたことがわかっています。寺院建築には例の少ない権現造(ごんげんづくり)の形式をとり、極彩色の彫刻が各所に見られるなど、日光東照宮との共通性を見て取れますが、これは直興が元禄元年(1688)に日光東照宮修復の奉行に命じられ、工事の指揮をとっていたことが影響していると考えられます。境内最高所にある阿弥陀堂にも眠り猫の彫刻が見られ、ここにも日光東照宮からの影響を垣間見ることができます。

写真2 弁財天堂

 ちなみに、建築様式に注目すると建立年代は異なりますが第397回で紹介した井伊神社、旧清凉寺護国殿(現在は福井県敦賀市の天満神社に移築されています)といった佐和山西麓の他の建造物も権現造となっています。

 弁財天堂の建立にあたっては彦根藩領内の武家・僧侶・町人・百姓に寄進が呼びかけられ、実に25万9526人から合計270貫338文が集められました。この時の寄進者の名前は「大洞弁財天堂祠堂寄進帳」(『井伊家文書』)に列記されていて、弁財天堂とともに国の重要文化財に指定されています。

写真3 楼門(二天門)

おすすめポイント 

 弁財天堂のほかにも阿弥陀堂、経蔵など見どころはたくさんありますが、中でも注目していただきたいのが、楼門(二天門)(写真3)からの眺望です。境内から楼門のほうに振り返ってみると門扉が額縁になるような形で彦根城天守を正面に見通すことができます(写真4)。現在、彦根城と楼門の間には彦根総合スポーツ公園の野球場などが見えますが、戦後すぐまでは松原内湖が広がっていました。往時の景観に思いを馳せて眺めてみるのも楽しいかもしれません。

 彦根城天守を正面に見通すことができる場所としてはJR彦根駅から彦根城に向かって行く途中、「いろは松」と呼ばれる松並木が続くあたりが有名かと思いますが、長寿院からの眺めもイチオシです。彦根観光の際にはぜひ訪れていただきたい名所です。

写真4 楼門から彦根城方面を望む(赤○で囲んだところが彦根城天守)

周辺のおすすめ情報

 かつて山裾まで松原内湖がせまっていた頃は、船で参詣できるようになっていました。麓の鳥居のあるあたりが船着き場で、当時の石組が今も残っています(新近江名所圖会第179回参照)。

アクセス

【公共交通】JR東海道本線彦根駅から徒歩約35分。

【自家用車】彦根ICから約25分(駐車場あり。普通車10台)

 

 (山口誠司)

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