記事を探す

新近江名所図会

新近江名所圖會 第390回 「これやこの~」―大津市関寺の牛塔―

大津市

 逢坂(おうさか)の関近く、関蝉丸神社の下手に一般に関寺(せきでら)の牛塔(うしとう)と呼ばれる巨大な石塔が建っています。この付近一帯にはかつて関寺という大寺院があり、万寿二年(1025)の『関寺縁起』によると、天延四年(976)の大地震で被災した関寺を復興する際に資材運搬で活躍した、一頭の牛が、迦葉如来(かしょうにょらい)の化身という噂が立ち、多くの人々が関寺に参拝したそうです。関寺の工事が終わるとともに、その霊牛も亡くなり、この塔はその霊牛の供養のために造られたので牛塔といわれています。塔は宝塔と呼ばれる形式の石塔で、宝塔の基本形は方形の台に円筒を二つ重ねた軸が乗り、その上に方形の屋根が乗り、相輪を立てますが、この塔は八角形の台に裾がすぼまったが軸が乗り、屋根は六角形で宝珠が乗るという、全国的にも例のない独自の形に造られています。随筆家白洲正子はこの塔を日本一美しい石塔の一つと絶賛しました。関寺は慶長年間の兵火の罹災後、寺の名称を長安寺と改め、現在は小さなお堂があるのみです。この塔は鎌倉時代のものとされ、昭和35年(1960)に長安寺宝塔として国の重要文化財に指定されています。

◆おすすめPoint

写真1 長安寺宝塔(関寺の牛塔)

 とにかく、いち押しはこの牛塔です。(写真1)石塔マニアでなくとも、そのどっしりとした造形にはなぜか惹きつけられますし、こんな急な斜面地を境内にした手狭な場所にあるのも不思議な感じです。一見の価値はあります。とくに秋はイチョウの黄葉で周囲は黄金色に彩られます。今はこの辺りは侘しい感じがしますが、古代から中世、逢坂の関を徒歩で越えていたころには道中を護る神や仏を祀る神社・仏閣がつくられ、お参りする人々でにぎわったものと思われます。

◎小野小町(おののこまち)の供養塔

写真2 小野小町の供養塔

 牛塔の上段にある寺が、関寺の跡を継いだとされる長安寺です。この境内の一角に「小野小町」の供養塔とされる五輪塔が建っています。(写真2)

 平安時代前期(9世紀頃)の歌人として知られる小野小町は、小野妹子(いもこ)や小野道風(とうふう)と同じ氏族で、大津市小野の里(湖西地域)が、小町の出生地とされています。

 祖父は小野篁(たかむら)、曽祖父は小野岑守(みねもり)ともいわれ(諸説があります)、いずれも国の最高行政機関の幹部として国政を担う高官でありかつ文人でした。小町も詩歌の才能に恵まれ、漢詩にも造詣が深かったともいわれます。

とはいえ、当時の女性についての個人情報はとても少なく、その生涯は謎に包まれ、多くの逸話があります。そのため数々の能などの芸能の演目にも登場します。

長安寺に建立された供養塔は年老いた小町と関寺の住職とその稚児との間で交わされた歌道(和歌の創作や和歌自体を研究する学問)、そして老いの悲しみを題材とした能の演目「関寺小町」に因んだものです。

◎謡曲史跡保存会の駒札 

写真3 謡曲『関寺小町』の駒札

 小町の供養塔のすぐ近くに「関寺小町」の謡曲を紹介する駒札が建てられています。(写真3)こうした駒札は、日本各地の謡曲の演目に因んだ場所に謡曲史跡保存会が建てたものだそうです。筆者は能のことに不案内ですが、同様の駒札を高島の白髭神社(新近江名所圖会第24回)境内でも見かけたことがあります。お能に興味がある方は、こちらもぜひチェックしてみてください。

◆周辺のおすすめ情報

〔関蝉丸神社下社〕 

 関寺の牛塔から南西のほうに5分ほど行くと、関蝉丸神社の下社があります。豊玉姫命(とよためひめのみこと)を祭神とし、琵琶の名手で歌人でもある蝉丸法師も祀られ、百人一首に登場する歌人の遺跡が隣接しています。この神社は京阪京津線が参道の鳥居の前を横切っており、踏切があります。電車が通過するときは面白い構図です。(新近江名所圖會第382回も参照)

〔長等商店街など〕

写真4 氷魚の釜揚げ

 浜大津方面に向かうと、このあたりは長等(ながら)商店街、菱屋町(ひしやちょう)商店街、丸屋町(まるやちょう)商店街などの大津市内でもさまざまな商店が集まっている界隈があります。湖魚の専門店も数軒あり、鮮魚から加工品まで琵琶湖の恵みに出会えます。今回取材時(3月上旬)に、長等商店街のタニムメさんを覗いてみると、氷魚(ひうお:アユの稚魚)の釜揚げがあり、迷わず買ってしまいました。氷魚は冬から早春の一時期にしか味わえない湖国ならではの美味です。(活魚の氷魚はおそらく3月半ばころまでしか出回らないでしょう。) 最近は漁獲量も減り、いつも出会えるとは限らない貴重な湖(うみ)の幸です。春はモロコ、夏はアユ、ハス、ゴリ、ビワマスなど、季節によって移り替わる湖の魚介類や冬はマガモも扱っています。

◆アクセス

【公共交通】JR琵琶湖線大津駅より徒歩10分、京阪電鉄京津線 上栄町駅から山手へ徒歩3分

【自家用車】付近は狭い道が多く、駐車場はありません。JR大津駅、浜大津近辺の駐車場などに止めて徒歩での見学をお勧めします。

(小竹志織)

Page Top