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調査員の履歴書

『インタビュー/調査員の履歴書』№22「川の中の古墳を掘る!ー江頭南遺跡の調査①」

近江八幡市

Q.お名前と所属部署名を教えてください

A.重田勉と申します。調査課におります。

Q.現在はどんな仕事を担当されていますか。

A.発掘調査です。

Q.重田さんはちょっと変わった発掘調査を経験されているという噂ですが、心に残る発掘調査はどのようなものですか。

A.そうですね~、いろいろあるのですが…。最近だと江頭南(えがしらみなみ)遺跡ですね。令和元年に発見された遺跡なのですが、その頃私は栗東で調査してまして、「日野川の中から埴輪列が出てきたみたい」という噂を聞きました。「へ~。川の中に古墳があるんやね。ま、あってもええわな~。」と、他人事のように聞き流しておりました。

 江頭南遺跡は、令和4年に本格的に発掘調査をすることになりまして、それでも他人事のように思っていたのですが、気が付けば担当になっていました。

写真1 川を渡って調査へ向かう雄姿

Q.江頭南遺跡での調査は、どのようなところが大変でしたか。

A.なんといっても川の中というところです。令和4年の調査では、まず現地に辿り着くのが大変でした。草刈りしながら河川敷へ降りるのですが、ツル系の植物なので刈っても刈っても道が開けないのです。なんとかかんとか調査地に辿り着いたら、衝撃の光景が…。

Q.どのような光景が?

A.川になってました(汗)。調査に入る前の現地協議の時点では地続きだったのですが、豪雨や増水のおかげで新たな流れができ、調査地は完全に中洲になっていたのです。(写真2)

写真2 中州になった江頭南遺跡

 こうなると、すべての作業を人力で行うことになりまして、最小限の荷物を携えて、川をわたって人力掘削を行わなければなりません。大人数で行くわけにはいかないので、私と調査補助員3人の合計4人で調査を行うことになりました。

Q.実態がよく分からない遺跡を、一から人力で掘っていくのは大変だったでしょうが、どんな様子でしたか。

A.どの深さで何が出てくるのか分からないところを、ただひたすらスコップで掘っていく。特に、一番上にある50㎝近い厚さの粗い砂層は、掘っても掘っても崩れて埋まってしまうので、何度も心が折れそうになりました。埴輪や残存墳丘が出てきたときは、驚きと感動と不安が同時にやってきました。深いところでは2m近くまで掘り、それでも残存墳丘は下まで続くようでした。

写真3 残存墳丘の出現(左の青い土が堆積土、右の黒い土が残存墳丘)

 掘っては埋め、掘っては埋めを繰り返す調査だったので、気分的には強制労働のような調査でした(笑)。

Q.その後、どうなったのですか?

A.人力での掘削は無理な状況だったので、翌年に水流の一部を堰き止め、重機などを用いながら調査を行うこととなりました。

 この続きはまた今度…。

Q.え⁉ちょっと待って、続きを!

A.次回をお楽しみに!

【重田勉の社会貢献活動はこちら】

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