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調査員の履歴書

『インタビュー/調査員の履歴書』№16「あの夏の経験から」

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Q.お名前と所属部署を教えてください。
A.辻川哲朗(つじかわ てつろう)と申します。調査課に所属しています。

Q.現在はどんな仕事を担当されていますか?
A.昨年度までは,みんなと一緒に発掘調査や整理調査を担当していましたが,本年度からあちこちの発掘調査が順調に進行できるように調整することを主な仕事としています。

Q.文化財や考古学に関わる仕事に就いたきっかけは何でしたか?
A.少々長くなりますが,お許しください。幼い頃は,歴史や考古学には興味がなく,むしろ理系少年でした。科学実験や天文観察等が好きで,理系の仕事に憧れていました。そこに立ちはだかった最大の問題は数学がまったくできなかったこと。早々にあきらめて,中学生の頃には「社会科」に関心を持つようになりました。社会科の副読本に,いろいろな社会的課題の解説とともに関連文献からの引用文が提示されており,それらの文献を図書館で探し出してかたっぱしから読みすすめました。高校に進学するころには社会―とくに歴史にたいする漠然とした興味をもつようになっていました。当時,網野善彦(あみのよしひこ)先生等による「社会史」的な中世史研究の成果がたくさん出版されていました。それらがとても面白かったので,中世史を学ぼうと考え,大学では文学部史学科を選びました。大学入学後は,中世史への興味から縁起絵巻研究会に参加するとともに,歴史系サークルである考古学研究会にも面白そうだったので参加しました。さらに,考古学研究室で週一回研究会が開催されていると聞いて,それにも参加するようになりました。
最初の夏休みを迎えるにあたり,考古学研究会の先輩から「夏休みには丹後(たんご)(京都府北部)の発掘調査に参加するからね」と言い渡され,京都府舞鶴市桑飼上(くわがいかみ)遺跡の発掘調査に先輩とともに参加しました。現場担当者も大学の先輩でした。現場には他大学から学生が参加していました。泊りがけの現場だったので,ひと夏みんなと文字どおり「同じ釜の飯」を食べました。昼間は現場(写真1),夕方には宿舎に戻って夕食と入浴を済ませたあと,事務所へ行って出土遺物を実測したりして午後10時頃に宿舎へもどり,そこから日付がかわるころまで宴会。そんな毎日を過ごしたのですが,これが私にはけっこう楽しい経験だったのです。
現場では先輩から発掘技術等のイロハを学び,晩には他大学の同年代の学生さんとの会話から大いに刺激をもらいました。また,担当者である先輩が現場でたくさんの作業員さんや補助員さんを使って発掘調査を進めていく姿にも憧れました。考古学を学んであんなふうに発掘現場をまわしてみたいという気持ちが芽生え,考古学を勉強しようと思うようになりました。今思えば,あの夏の経験が私の出発点だったように思います。

舞鶴市桑飼上遺跡の現場にて(竪穴建物の断面図を作成しているところ。)
写真1 舞鶴市桑飼上遺跡の現場にて(竪穴建物の断面図を作成しているところ。)

Q.仕事についてから経験した印象的な発見や体験の話を教えてください。
A.今まで少なくない調査を担当させていただきました。とくに山の現場を担当することが多かったのですが,その中でも記憶に残っているのは,湖南市(こなんし)岩瀬谷(いわせだに)古墳群の調査です。この調査では,古墳時代後期頃の古墳群にくわえて,予想もしていなかった中世の石切り痕跡も見つける等の成果をあげることができました。調査自体は砂防工事に伴う事前調査でしたが,調査対象が砂防堰堤(えんてい)のさらに上流部にある古墳群だったので,毎日作業員・調査補助員さんとともに,砂防堰堤をくぐり抜け,川を渡り,山道を登って通いました(ほとんど登山でした)。正直なところ,最初に現地を訪れたときは,本当にこんな場所で調査できるだろうかと不安に思っていました。でも,作業員さんや調査補助員さんが積極的に業務にあたっていただいたことや,職場の先輩が助けにきてくれたことで,なんとか調査を完了することができました。さらに,年度末には現地説明会を開催することになったのですが,現場への道筋が悪路だったので,どのようにすれば安全に説明会を開催できるのかずいぶんと悩みました。これも先輩からの示唆もあって,参加者の皆様には30名程度の班に分かれてもらい,班ごとに職員が案内する手筈をととのえました。さらに,万一のことを考えて障害保険にも加入していただき,無事に現地を見学していただました(写真2)。困難に思える調査でも,発掘調査に関わる皆さんとともに力を合わせれば,何とかなることを身に染みて感じた貴重な経験でした。

湖南市岩瀬谷古墳群の現地説明会(あいにくの雨天でしたが、多数の方々が見学に来ていただきました)
写真2 湖南市岩瀬谷古墳群の現地説明会(あいにくの雨天でしたが、多数の方々が見学に来ていただきました。)

Q.最後に読者の皆さんに一言お願いします。
A.私たちの主な仕事は発掘調査ですが,そのほぼすべては緊急調査です。緊急調査とは,遺跡の範囲内でさまざまな開発行為が計画され,それによって遺跡が破壊されてしまうので,事前に発掘調査を実施し,破壊される遺跡の状況を克明に記録することにより,記録という形で後世に歴史を伝える調査のこと。発掘調査が完了すれば,その地点の遺跡は開発行為によって破壊されてしまい,二度と見ることができなくなります。また,開発行為が予定された場所が発掘対象となりますから,自分で調査したい地点を選ぶことはできません。だから,どんな遺跡であっても,発掘調査によって,可能なかぎりの情報を遺跡から引き出して記録し,それを皆様にお伝えすることが私の役目だと思っています。
県内で発掘現場を見かけられたさいには,ぜひ現場の調査員に一声かけてください。調査員はみな発掘調査で分かったことをお話したいはずですから・・
(辻川哲朗)
【辻川哲朗の社会貢献活動】はこちら。

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