新近江名所図会
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新近江名所圖會第236回 昔の姿に思いを馳せる-大津市北小松港-
大津市 2016年10月26日「街道をゆく」で司馬遼太郎が最初に訪れたのは大津市の一番北、琵琶湖西岸の小さな港町「北小松」です。司馬の紀行文は、北小松港が古代に朝鮮半島との関わりのなかで設けられた港で、「高麗津(こまつ)」の名残り…
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新近江名所圖會第235回 収蔵室という名の科学施設 -滋賀県立安土城考古博物館の第一収蔵室-
近江八幡市 2016年10月12日近江八幡市にある滋賀県立安土城考古博物館では、出土した遺物などの整理作業を見学していただく回廊展示が設けられています。ここから見学できる施設のひとつに、第一収蔵室があります。この場所では出土した木製品…
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新近江名所圖會第234回 「鴟尾」を焼いた須恵器の窯-大津市山ノ神遺跡
大津市 2016年9月28日「鴟尾」・・・訓読みでは「とびのお」と読みますが、「しび」と読みます。奈良の東大寺のような古い寺院の大屋根中央の大棟(屋根の一番高いところ)の両端に付けられた飾りです。鳥の羽のような、魚のような、ブー…
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新名所圖會第232回 将軍様の豪華ホテル-野洲市永原御殿跡
野洲市 2016年8月31日江戸時代の東海道や中山道などの宿場には、一般の旅人が泊まる旅籠とは別に本陣が置かれました。本陣は、大名や幕府の役人など限られた旅人しか宿泊できない「VIP専用の宿泊施設」です。東海道草津宿の史跡草津宿…
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新名所圖會第231回 日露関係史の一コマー大津事件の石碑と関係資料ー
大津市 2016年8月17日人や物が頻繁に往来する街道は、いろいろな歴史的事件の舞台となってきました。今回紹介する大津事件の現場も旧街道・東海道にあります。今から約120年前、日露外交を揺るがす大事件の舞台となった場所です。 明…
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新名所圖會第230回 見えないものが、見えてくる?-中山道はじめのいっぽ-
草津市 2016年8月3日近江国は交通の要衝と言われます。江戸時代に、五街道のうち二つもの街道が通っていたことは、その象徴といえるでしょう。今回はその一つ、中山道の一部分をご紹介いたします。 中山道は、江戸から京までといわれる…
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新名所圖會第229回 小野氏ゆかりの古墳と神社
大津市 2016年7月20日小野氏とは 古代豪族小野氏は、近江国の南西部に位置する滋賀郡の北部、堅田付近を中心とした地域に勢力を広げていました。『新選姓氏録』等の文献によれば、旧滋賀郡には淡海臣(近江臣)・近淡海国造・和邇部臣・…
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新名所圖會第228回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」Ⅵ
東近江市 2016年7月6日【前回(226回)の続き、信長の逃避行の6回目です。忠臣・森三左衛門の捨て身の戦いもあって、なんとか本拠地・岐阜城への帰路を確保した信長。浅井長政の勢力下にある中山道を避け、鈴鹿の山中を通ることに。し…
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新名所圖會第227回 先人たちの置き土産―葛籠尾崎湖底遺跡資料館―(長浜市湖北町尾上)
長浜市 2016年6月22日葛籠尾崎(つづらおざき)は、琵琶湖の北端部にある、北湖に突き出した岬状の地形の名称です。山がちで険しい地形が続き、急な斜面が深い湖底まで続いています。大正13年(1924)末、湖水を挟んで葛籠尾崎の東…
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新近江名所圖會第226回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」Ⅴー宇佐山城
大津市 その他 2016年6月8日【前回(225回)の続き、信長の逃避行の5回目です。なんとか朽木谷を抜け、花折峠を越え、迫り来る長政への迎撃を誓う信長。長きにわたり近江の地が戦場となる前夜の話。】 元亀元年(1570)5月、織田信長…
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新近江名所図會第225回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」の道 Ⅳ -葛川明王院と花折峠
大津市 2016年5月25日【前回(223回)の続きです。長政の追撃から逃げる信長。朽木氏の協力を得て朽木街道へ無事入ることができました。信長の越前からの逃避行の4回目です。】 元亀元年(1570)4月、朽木元綱の助力によりここ…
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