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調査員の履歴書

『インタビュー/調査員の履歴書』№20「発掘調査で身の危険を感じながらも、琵琶湖の恵みを感じた件―塩津港遺跡の発掘調査と平成30年7月豪雨―」

長浜市

Q.お名前と所属をどうぞ。

A.重田勉です。調査課で発掘調査を担当しています。

Q. 前回はこの仕事に就いたきっかけを語っていただきました(履歴書№4)。今回は、今までの発掘調査の仕事の中で経験したエピソードを何か紹介してもらえますか?

A. たしか、5年ほど前だったと記憶していますが、川の中の調査で遭遇した豪雨の体験についてご紹介したいと思います。

写真1 7月6日 9:30撮影の調査地

 近年、地球温暖化による異常気象が問題となっています。詳しいことはよく分かりませんが、確かに、夏の猛暑や、雨の降り方は、私の子どもの頃とは比べ物にならない状況です(私は50過ぎのヒト)。このような過酷な気象環境ではありますが、優れた治水などのおかげで、日頃はそれほど心配することなく暮らせています。

 しかし、平成30年は、私にとって忘れられない年です。平成30年7月の初め頃、台風7号や梅雨前線の影響、各地で線状降水帯が形成されたことにより、甚大な被害をもたらした豪雨がありました。気象庁は、この豪雨を「平成30年7月豪雨」と命名しています(別称:西日本豪雨)。私はこの時、琵琶湖岸にある塩津港遺跡の発掘調査をしていました。調査事務所も川の中に構え、「大雨降ったら怖いな~」などと呑気に考えていました。

写真2 7月6日 13:28撮影。川と調査地を隔てる鋼矢板の天端が泥水の中に見えなくなった。

 一週間ほど雨が降り続いていたと思います。川の中の調査事務所の周りは水浸しでしたが、水没はしていませんでした。7月6日、激しい雨が降っていました。止み間はなくバケツをひっくり返したような雨が何時間も降り続いていました。調査地、調査事務所ともに塩津大川(しおつおおかわ)の本流に接するところにあり、川の水位がどんどん上昇していくのが見えました。観察していると、1時間に30㎝以上水位が上昇していくのが分かりました。調査事務所と川の水面までは、2m程の比高差があるのですが、気が付けば1mほどの比高差になっていました。「これは…やばいぞ…」-急に命の危険を感じ始めました。

 とりあえず調査地を見に行くことに。調査地は川の中であり、常に水が湧いてくるので、水中ポンプを24時間動かして排水していたのですが…。水没していました。ポンプの排水量以上の雨が降っていたのです。このままではマジに死傷者が出るかもしれないので、早めに避難することにしました。

 同日昼過ぎ、ついに大川の水が調査地に入って来ました。川と調査地を隔てる鋼矢板を乗り越え、川の水がどんどんと入って来ました。「………」-絶望で何も言えない…。

 あっという間に鋼矢板の天端(てんば)は泥水の中に消えてみえなくなりました…。(写真2)

写真3 7月9日 8:15撮影。調査地は川と化していた。 

 その後も1日だったか2日ほどだったか、雨が降り続いていたと思います。雨が止み、調査地を見に行くと、普通に川になっていました。水も澄んで、きれいな川になっていました。調査地が崩れないように設置していた木の足場板が、プカプカと浮いていました。水面は琵琶湖と同じ高さになっており、近くの砂浜も水没していました(写真3)。排水しようにも琵琶湖の水位が下がらないと意味がありません。琵琶湖の水の出口である、南郷洗堰の水位を確認すると、プラス90㎝となっていました。水位は一週間ほど下がらなかったと思います。

 川と調査地を隔てる鋼矢板の天端がみえてきました。水位が確実に減り始めたのを見計らって、排水作業を開始しました。調査地の地面が見えるようになるまで、3日ほどかかったと思います。

写真4 水たまりに集まっていた川のエビ

 水が抜けた調査地をみると、サギの足跡や、大きな魚が這ったような痕跡がありました。排水ポンプにはたくさんの小鮎が挟まり、死んでいました。水たまりには小さなエビが集まっていました(写真4)。ここぞとばかりにエサを食べに来たサギが、足跡を残していったのでしょう(写真5)。

 琵琶湖とこれに注ぐ川がある滋賀県は、このような豪雨になると水害の危険性が高まります。しかし、近年の治水事業などのおかげで、安心して暮らすことはできます。では、治水が発達していなかった時代、人々は大雨に苦しめられたのでしょうか。いや、大雨は苦しみだけではなく、琵琶湖の恵みももたらしてくれたと思います。大雨の後には魚やエビが岸近くに上がってきます。これらは重要な食料となります。命が助かれば、ご馳走にありつけるのです。

写真5 調査地に残るサギの足跡

 平成30年7月豪雨では、恐ろしい体験をしましたが、過去の人々の暮らしの一端を垣間見れたような気がします。

 このような恐ろしい思いをするのは2度とご免だったのですが、2か月後の台風21号で、またしても被災するとは思ってもいませんでした…。

―― 発掘現場ではさまざまな出来事があるのですね。ご苦労の様子がほんの少しだけでも垣間見え、また自然の脅威、豪雨の恐ろしさをとても身近に感じられるお話でした。どうも有難うございました。

(重田勉)

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